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【神奈川】

<東日本大震災9年>川崎 福島の子招待24回目中止 心のケア継続へ意欲

春の保養で、屋外の遊びを楽しむ子どもたち=2019年3月、高津区で(「福島の子どもたちとともに」川崎市民の会提供)

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 東京電力福島第一原発事故の発生から間もない二〇一一年七月、川崎市民らは福島の子どもたちを市内に招く保養プログラムを早々に始めた。事故から九年。三十一日から予定していた二十四回目の保養は新型コロナウイルスの影響で実施を断念したが、関係者は「体だけでなく心のケアなど役割は増している」と活動継続へ意欲を見せる。 (山本哲正)

 四月三日まで三泊四日の春の保養は、十二家族を招き、例年通り高津区の市子ども夢パークで泥んこ遊びや、たき火でのパン焼きなどを楽しんでもらう計画だった。しかし、「参加者に安心して川崎に来てもらうことが担保できない」と中止に。スタッフの一人は「資金集めから、計画を練って迎え入れるまで大変だが、子どもたちの笑顔を見るのは楽しみだった」と残念がった。

会代表の小川杏子さん

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 「福島の子どもたちとともに」川崎市民の会は、中心となる十五人の「世話人」の中に元教員らもいて、豊富な経験が力。しかし重ねた年齢は活動継続への不安にも。昨年四月、代表は当初から務めてきた高橋真知子さん(71)から、学生ボランティアで保養を支えてきた小川杏子さん(31)に替わった。

 新体制のスタートとなる事業として昨年秋、福島を逆訪問して現地で交流する「同窓会」を計画したが、台風19号のため中止に。今回の保養も中止と足踏みはしたが、小川さんは決意を新たにしている。

 「今回の中止は、『非常事態』となったら周縁に置かれやすい人たちの存在に、はたして目が向けられているか考える機会になった」と小川さん。水戸市に実家があり、原発事故に備えた周辺自治体の避難計画の策定にも「日常生活が突然変わる、奪われることに向き合ったものになるのか」と、共通するもやもやした思いを抱えてきた。「『災害』のたび、私たちは本当に過去の経験を生かせているかと自省させられる」

 九年前に幼かった子どもたちが中高生になるにつれ、外遊びができず悩んだことなどを、ようやく口に出し、心の整理をしていく姿に、小川さんは保養の現場で立ち会ってきた。「体の『保養』だけでなく、過去に傷つくなどした心をケアする『保養』の意味合いが出てきた。継続的な資金調達など困難はあるが、細く長くニーズに向き合いたい」と前を向く。

 前代表の高橋さんも「世話人がほかの市民活動に活動の場を広げたり、高齢化で限界を感じたこともあったり。でも若い代表に活力を得て、引き続き福島の親子に寄り添っていきたい」と支える考えだ。

◆「教訓 未来に生かす」参加した子の成長に一役

 「福島の子どもたちとともに」川崎市民の会の保養に参加してきた福島市の赤城みうさん(19)が、本紙の取材に、成長した今だから話せる、子ども心に感じたことを明かしてくれた。

 赤城さんの家族は、いち早く県内の会津若松市へ自主避難をしたが、「無理やり友達と離されることに悲しみしか感じなかった」と振り返る。原発事故の前との、変化は目に見えなかったからだ。

 「親が事故のニュースにピリピリしたり、『(放射線量が高い可能性がある)側溝に近づくな』と言われたり。とにかく不安だった」

 この問題で両親の間に意見の違いもあった。「よく口論になって。子どもの私には外遊びができないことよりストレスだった」と、家庭内にまで事故の暗い影が及んだことを思い出す。

 長期休暇に川崎の保養でスタッフに会うのは毎回楽しみだった。温かく迎えられ、社会に声を上げる姿に憧れた。「親戚が増えたよう」と喜ぶ。「成長するにつれ、両親がした決断の大きさや子を思う気持ちに気付けるようになった」と親にも尊敬や感謝の気持ちでいっぱいだ。

 4月からは大学生。「社会を構成する1人の大人として、原発事故の教訓を未来に生かしていかなければならない立場だと感じている」

◆保養先、各地で減少 利用者「気掛かり」

 「福島の子どもたちとともに」川崎市民の会は2011年5月に結成し、昨年3月までに福島県の郡山市、福島市などから、延べで子ども約600人、保護者ら約300人と900人以上を迎え入れてきた。

 今春の保養も2月末に中止を決めるまでに問い合わせがあったといい、ニーズはまだまだ高い。会では、避難先から福島県内に戻って新たに保養先を求める人たちも多いとみている。

 16年春に西日本の避難先から福島市に戻った2児の母親(47)もその1人。「放射性物質が落ちてきたことを危険と考え避難した。家庭の事情で戻らざるを得なかった。決して安心して戻ったわけではないと知っていてほしい」と訴える。全国各地の保養先が数を減らしていることは気掛かりで「たまに遠ざかって思い切り遊び、日常の不安を少しでもほどくことができる保養は、心の支え。保養があるから福島でなんとかやれる」と、川崎市民の会の活動継続を願った。

 「福島の子どもたちとともに」川崎市民の会への寄付は、会の公式ホームページなどで募っている。

 

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