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【暮らし】

<私の言葉見つけた>(下)育児経験を教材に 書く力、呼び起こす

桐永泰地君(左)が書いた作文について詳しく聞く浜文子さん=東京都狛江市で

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 「感動とは、文字にすると『感じて動く』と書く。それはどういうことか。どこが感じて、何が動くのか」。昨年末、東京都狛江市内であった作文教室で、受講する小学六年生六人に“難題”が課された。

 しばし考え込む子どもたちに、指導する埼玉県在住の詩人でエッセイストの浜文子さん(73)が問い掛ける。「人はなぜ感動を味わうと、感動をくれた人に『感動をありがとう』などと言うのでしょう」。三十分ほど、室内に鉛筆を動かす音だけが響いた。

 (前略)私は映画を見に行った。と中まではすごくおもしろかった。しかし、ラストシーンになると、「ドクンドクン…」と心臓が大きくなっている。いつもの「トクトク」という音とは全くちがう。重みを感じている。きん張する時と同じような音だ。そして目からなみだがこみ上げてくる。(中略)心が嬉(うれ)しさや悲しさを感じて、心がドクンドクンと激しく動いている。合わせて「感動」ということだと思う。(後略)

 二年生から通う中山紀里(きり)さん(12)は、こんな回答をしたためた。浜さんは心臓の音を書き分けた部分に赤線を引き、花丸を付けた。「このような課題は私にとっても冒険。六年生も終わりだから、哲学をさせようと思った。みんな自分なりに、感動について解き明かしていた」と目を細める。「子どもに考えさせるには、大人の側の問い掛けに工夫が必要」とも言う。

 もちろん全員が最初からできるわけではない。浜さんが受講の始めに取り組ませるのは「詞(ことば)寄せ」。子どもたちにその時に浮かんだ言葉を十個ほど、好きに挙げてもらい、その単語を全部使い物語のような流れのある文章を作ってもらう。

 ほかにも、南部せんべいの形状やかじった時の音などを五感で確かめて描写したり、新聞の折り込みチラシを見て店の宣伝文を考えたり。自分なりの感じ方、考え方を探すことを繰り返すうちに「言葉や表現がぱっと浮かぶようになった」と、中山さんも実感する。

 独自な授業の内容は、浜さんが二人の子どもを育てる時に実践していたこと。詞寄せは、二歳だった長男が「葉っぱ 落ちてる」など、片言で言葉をつなげるのを見て「お母さんに教えるように話して」と働き掛けたのを基にした。「単語から文章になる過程を大事にしたかった」。二〇一七年、教室での試みを著書「浜文子の『作文』寺子屋」(鳳書院)にまとめた。

 長男が分数でつまずいた時は、ダイコンとカステラを切り分け、考え方を学ばせた。「ビジュアルが一番。一緒に買い物に行くところから授業は始まっている」と笑う浜さんは「っ」の表記が苦手だった受講生の男児にも「ひょっこり」などの言葉を、のどに手を当てて発音する練習をした。「っ」が発せられる感覚をつかむと、作文をぐんぐん書けるようになった。

 思ったことが書けるようになり、自信がつく子も。三年桐永泰地(たいち)君(9つ)は母早苗さん(48)に言われて通い始めたが「だんだん楽しくなった。学校の作文も習ったことを思い出すとうまく書ける」。早苗さんは桐永君が緊張すると、言葉が出にくくなることを心配していたが「浜先生は気にせず接してくれる。知り合いがいない教室でも楽しくやれて、学校での自信にもなっている」と話す。

 教室が終わると、浜さんは皆の力作のコピーを大切にカバンにしまう。「帰りの電車で読んで、生きていてよかったって思う」。伸びていく子どもたちへの感動が、授業を育て続ける原動力になっている。 (出口有紀)

 

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