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【暮らし】

<わたしの転機>先妻の死…無気力から奮起 シニア男性の会運営

ボッチャの体験会で、参加者たちにルールなどを教える渡部克己さん(左)=名古屋市瑞穂区で

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 名古屋市南区の男性高齢者でつくる「南遊(なんゆう)メンズクラブ」代表の渡部克己さん(77)は、シニア男性が家にこもらない環境づくりに努めている。高齢男性の集まりがない地域に新たに会をつくったり、催しを企画し声掛けしたり。胸には、先妻を亡くし気力を失っていたころ、そうした集まりに救われたとの思いがある。

 先妻は二〇一四年、六十七歳で亡くなりました。運動神経が壊れて、体が少しずつ動かなくなる難病「筋萎縮性側索硬化症」(ALS)で、自宅で三年間、介護しました。

 私は、四十代のころに離婚していて、認知症の母の介護と電気設備の仕事で忙しくしていました。なので、もともとは再婚する気はありませんでした。

 先妻はカラオケ仲間でした。出会った当初はALSとは分かっていませんでしたが、症状は出始めていました。働けないという悩みを聞くうちに、縁が深まりました。私が六十五歳のときに結婚し、先妻が住んでいた南区へ引っ越しました。介護のために勤めていた会社を辞めましたし、先妻が亡くなったころ、自宅近くには友人もいませんでした。やる気を失い、家でごろ寝してテレビばかり見る日々。座骨神経痛になり一時は歩けず、寝返りも打てませんでした。

 話し相手が欲しくて、地元の高齢者クラブに行きましたが、女性ばかり。そんなころ、市の広報で区内で男性の会が結成されることを知りました。集まった八人でわいわい活動し、一六年から「南遊メンズクラブ」として運営しています。

 市内全十六区の市社会福祉協議会(社協)に連絡し、市内にどのくらい同様の会があるか調べました。私が相談を受けながら設立にこぎ着けた区もあります。

 パラリンピック種目の球技「ボッチャ」の体験会も開いていますが、男性は催しがあっても、誘われないと出てこない。なので、いろいろな人に声を掛けています。引っ張り出した人たちの顔が生き生きしてくると、私も元気になります。

 市などが企画するシニアのファッションショーにもモデルとして出演しています。男性モデルは少ないので、わざと目立つ色の服を着て、パワフルなおじさんもいるんだとPRしています。この年だと仕事への影響もないですから。モデル仲間だった今の妻(69)にも会えましたし、外に出てよかったです。 (出口有紀)

 

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