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【暮らし】

<食卓ものがたり>伝統の紅、守り続ける 松阪赤菜(三重県)

松阪赤菜を収穫した杉山喜代子さん(中)ら紅工房のメンバー=三重県松阪市で

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 「きょうは暖かいなあ」。一月中旬のある日、三重県松阪市の畑に、女性たちの明るい声が響いた。松阪赤菜は十一月から翌年二月が主な収穫期。女性たちは和気あいあいと、小ぶりなダイコンほどの大きさの赤菜を収穫していく。

 松阪赤菜は、今から四百年ほど前の江戸時代初期から松阪で作られてきた伝統野菜。カブの一種だが、細長く皮は真っ赤。

 戦後しばらくして、一度途絶えたが、十七年前に復活。現在は市内の女性グループ「紅(くれない)工房」が栽培から加工、販売までを担う。メンバーは、阿坂地区を中心に六十〜七十代の十五人ほど。

 復活のきっかけは、代表の杉山喜代子さん(74)がJA松阪から県の施設で保存されていた種をもらったこと。「当時の課長さんから『作ってみいへんか』と言われて。軽い口調だったから、ちょっとやってみようかなと思った」と笑う。

 軽い気持ちで始めたが、栽培は難しかった。秋にまく種は、台風や長雨で流れてしまうし、野菜の原種に近いこともあり、他の野菜と交配しやすい。しかし、杉山さんが選別しながら直径一ミリほどの種を取って配り、生産者を増やしてきた。

 他の地区に種を分けたこともあるが、土壌の違いのためなのか、きれいな赤が出なかった。そのため、生産者は紅工房のメンバーがほとんど。JAによると、現在は計七十アールで栽培され、JAを通じた出荷量は年間四トンほど。

 二〇一六年の伊勢志摩サミットでは、首脳夫人らの昼食会に、漬物が食卓に上がるなど、いまや三重を代表する食の一つ。「たまたま声を掛けてもらって種をもらい、たまたま阿坂ではきれいにできた。その赤菜が知られるようになって、人の輪が広がり、地区のつながりも深まった」。杉山さんは、赤菜との縁に感謝する。

 文・写真 丸山崇志

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◆味わう

 サラダ、おやき、チャーハンなど、さまざまな料理で楽しめる赤菜。杉山さんのイチオシは、塩漬けを刻んでごまとともにご飯に混ぜたおにぎり=写真。作ってもらってほおばると、味も食感も風味も絶妙。おにぎりのおいしさをあらためて感じた。

 赤菜は地元の産直市場のほか、一部のスーパーなどで販売されている。伊勢自動車道松阪ICから東へ500メートルほどの「松阪農業公園ベルファーム」には、紅工房の販売コーナーがあり、漬物や弁当、ドレッシングなども扱っている。

 

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