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【暮らし】

「限りある生」輝かせて ステージ4がん患者 座談会

満開の桜をバックに談笑する(左から)加藤那津さん、渡辺さゆりさん、都築修さん=名古屋市中区で

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 がん医療の進歩を受け、最も進行したステージ4でも、社会の中で過ごせる時間が長くなった。仲間と支え合いながら、あるいは仕事に打ち込みながら、残された日々を自分らしく生きる人たちがいる。乳がんの加藤那津さん(40)、大腸がんの渡辺さゆりさん(49)、肺がんの都築修・中日新聞名古屋本社編集委員(58)のステージ4患者3人が、「限りある生を輝かせる」をテーマに語り合った。 (聞き手・安藤明夫編集委員、構成・生活部医療班)

◆大切にしていること

都築修編集委員(58)=名古屋市守山区

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 −大切にしていることは。

 加藤 ステージ4と告げられたのは二〇一六年八月。それからは会いたい人に会い、行きたいところを旅して、思い残すことがないようにしている。今年も大好きな屋久島に二回行ったし、米国の若年性乳がん患者のサミットにも参加した。体調が悪いと落ち込むが、良くなるとじっとしていられない。

 渡辺 ステージ4と言われて丸三年。その時言われた「余命二年半」を目標にしてきたが、そこを過ぎたら踏ん切りがついた。「生き切った」と。私が経験したことを、必要としている人たちに届けたいという思いが強くなった。

 地元の長野県飯田市の病院で昨年十一月から、患者らが集えるカフェを開いている。受診している愛知県がんセンターでは、英国人患者と共に外国人向けの患者会を設立した。国や言葉が違っても悩みは同じ。仲間が支え合う大切さを痛感している。

 都築 「普段通りの生活」が望み。治療の関係で、昨年十二月から会社を二カ月間休んだが、自分はいかに仕事が好きかを再認識した。復職できて満足している。酒もたばこも続けている。これまでの日常を否定するのは嫌なので。

 三月に娘が結婚した。告知をされた時に、余命は十五カ月ほどと言われた。子どもが小さければ取り乱したかもしれないが、二人とも成人した。私が死んだ後、妻が経済的に困ることもなさそう。次の世代にたすきを渡せたかな、と。

 −周囲にあきれられても、譲れないことは?

 加藤 病気になってから、山登りやマラソンを始めた。二年前の名古屋ウィメンズマラソンでは、初めてフルマラソンに挑戦。足に激痛を感じながらも完走したが骨盤を骨折した。無理をしたのは、完走するともらえるティファニーのネックレスを、主治医の女性の先生にプレゼントしたかったから。以降、何かをやるときは先生におうかがいを立てるが、「止めてもやるよね?」と言われる。

 渡辺 「患者向けのセミナーがあるから、治療の日程をずらしてほしい」とか伝えている。それを言えるのは、先生たちに恵まれているから。最期まで自分らしく生きる上で、医師との信頼関係はとても大事。

◆乗り越えてきたこと

加藤那津さん(40)=名古屋市緑区、元大学職員

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 −告知の時は。

 加藤 何となく分かっていたので、ふざけて「ガーン」と言った。でもそれ以外は覚えていない。振り返るとショックを受けていたんだなと思う。

 渡辺 予感はしていたが取り乱した。何が悲しいのかは分からないけれど、泣いて泣いて。事実を受け入れている自分がいる半面、心がついていかなかった。

 都築 去年の春の人間ドックでは異常なし。一足飛びにステージ4とは驚いた。それでも、自分自身は淡々と受け入れた。隣で妻は泣き叫んでいたが。

 伯父や父ががんだったこともあり、「がんで死ぬのも悪くない」とどこかで思っていた。不慮の事故などと違ってどれぐらい生きられるかが分かるし、他の人にうつす心配もない。自分の体の細胞が変異したがん細胞は、自分の人生そのものという気もした。

 渡辺 最初は、みんなに「申し訳ない」と感じた。世話をしてもらわないといけないと思ったから。でも、人との別れも含め、がんは死ぬまでに準備する時間がある。おぼれかけると仲間が支えてくれた。治療や副作用のつらさと向き合い、一つ一つ「大丈夫」を重ねてきた。

 加藤 がんだと分かって、自分のやりたいことを書き出した。でも、今度は「これを実現したら生きる目標がなくなるんじゃないか」と落ち込んで。でも、「そのときはまた新しいことが出てくるから、やりたいことをやればいい」と医師に言われ、前を向けた。

◆旅立ちの準備

 −最期はどこで?

渡辺さゆりさん(49)=長野県飯田市、元英語講師

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 都築 「日常の延長線上で逝く」が理想なので、自宅がいい。

 渡辺 私も自宅で。夫の負担がものすごいとは分かってはいるけれど、お願いしようと思っている。今、介護サービスの申請などいろいろな準備をしている。

 加藤 今は緩和ケア病棟でと考えている。慣れ親しんだ病院で、お世話になった先生にみとってもらえるから。

 −こうして「死」について語ることは、多くの人にとってまだまだタブーだ。

 加藤 家族だけで話そうとすると、「そんな話はしたくない」といわれるかも。そういう時は、患者会や緩和ケアの先生ら第三者を交えると話しやすい。

 渡辺 死について考えることは、どう生きるかを考えること。そういう姿勢で、みんなが死を語れるようになれば。恐れて避けてしまってはいけない。

 都築 告知された時から「逃げず、恐れず、取り乱さず」が三本柱。家族や死生観を考えるいい機会かなと。がんで死ぬことを肯定的にとらえたい。

 <都築修編集委員>2018年10月、健診で両肺に異常が見つかる。精密検査の結果、肺腺がんで膵臓(すいぞう)に転移、ステージ4と診断される。現在は抗がん剤の併用治療を受けている。2月から職場復帰、通常勤務をしている。

 <加藤那津>2009年、乳がん告知(ステージ0)。右乳房温存手術を受け、放射線とホルモン療法を始めたが、13年に再発し、全摘。14年、乳房再建手術。16年、肝臓に転移、ステージ4に。若年がん患者の会「くまの間(ま)」主宰。

 <渡辺さゆり>2015年、大腸がんが判明。多発リンパ節転移がありステージ4と告げられる。大腸の切除後、抗がん剤治療。18年、肺転移。19年3月、肺がんの進行と肝臓転移で余命半年以下の告知。地元の長野・飯田市立病院の患者会「ひだまりかふぇ」代表。

 

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