東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 暮らし > 暮らし一覧 > 4月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【暮らし】

<おやじ塾>男の平成30年史(上) 理想像追って一人苦悩

 部下をまとめてバリバリ働き、遊ぶときは豪快に−。バブル絶頂だった平成の初め、デキるおやじは、そんなイメージだった。しかし、三十年後の今は、イクメンで家でも職場でも周りに気配りできるのが理想像。平成は、おやじが激変を求められる時代でもあった。二回にわたっておやじたちの平成を振り返り、次の時代に備えよう。 (添田隆典)

 「24時間、戦エマスカ。」。栄養ドリンクのCMが、仕事にも遊びにも全力で励む中年男性を鼓舞したのは一九八九(平成元)年。仕事を終えると夜の街に繰り出し、家のことは妻に任せきり。それでも「一家の大黒柱」といわれ、「亭主元気で留守がいい」というキャッチコピーが流行した。

 保険会社に勤める名古屋市名東区の男性(58)はバブル時代、証券会社の営業マンだった。「ノルマが全てで働き方もモーレツ。家族旅行中も仕事の電話がしょっちゅうだった」。それでも充実感があった。「仕事が終われば、午前二時まで飲み歩いた。仕事ができて、おごってくれて、おとこ気がある。これがデキる上司の三条件だったね」

 京都産業大教授で社会学者の伊藤公雄さん(67)は「夫の稼ぎで十分食べていける時代だった。しかも妻が財布を握っていたため、夫は家庭にお金を入れれば家を顧みなくても許された」と指摘する。

 しかし、九一年にバブルが崩壊し長期の不況に。男性サラリーマンの給料は九七年をピークに下降し、妻が専業主婦の世帯より共働きの世帯が多くなった。九八年には男性の自殺者が二万人を超えた。伊藤さんは「男は弱さを見せてはいけないという価値観に縛られ、悩みを一人で抱え込んだ」とみる。

 そして二〇〇〇年代。家事や育児に積極的な「イクメン」が登場。しかし、男性の育児休暇取得率は一七年度時点でもわずか5%。内閣府の調査では、週六十時間以上働く人は三十代、四十代の男性に多かった。

 東京都世田谷区の会社員男性(36)は六年前、千葉県に転勤になったが、共働きの妻(47)の負担が過度にならないよう、車で片道一時間半の道のりを週に何度か、往復した。朝は食事の支度や洗濯をし、長男(6つ)を保育園に送ってから千葉へ仕事に出掛けた。東京に戻った今も、平日は夜八〜九時まで働き、休日は子育て。「自分の時間なんて皆無。男の幸せって何?って思う」

 「家庭を持ち、会社でも頼られる」。これが今も昔も求められる「男らしさ」だと、大正大心理社会学部准教授の田中俊之さん(43)は言う。しかし、所得は下がり「大黒柱」でなくなり、職場ではハラスメントと言われることにおびえる。「それでも社会から期待されて、自らも逃げられないところにつらさがある」と田中さんは感じる。間もなく令和。おやじたちも新時代を迎える。

写真
 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報