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【暮らし】

<Life around the World> 王室 生活に脈々と

 まもなく新元号「令和」の時代が始まる。皇室の存在と切り離せない改元は、国民生活に大きな影響を与える。世界でも王室を持つ国はある。暮らしや意識にどんな影響を及ぼしているのだろう。

◆英国 国と一体 憧れの存在

マーガレット・タイラーさんが自宅に収集した英王室の記念品=ロンドンで、藤沢有哉撮影

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 英王室では二十一日に、エリザベス女王が九十三歳の誕生日を迎え、六月には戴冠六十六周年の式典がある。ロンドン北西部に住むマーガレット・タイラーさん(75)は「彼女は素晴らしい人だから、本当にうれしいわ」と心待ちにする。

 「王室は英国の伝統、王族は国民が尊敬する家族なの」と語るタイラーさんは約四十年前、王室支持者だった両親の影響を受け、王室の歩みを共有しようと記念品収集を始めた。

 一九五三年の女王の戴冠記念マグカップや二〇一三年のジョージ王子誕生の記念プレート、一八年のルイ王子誕生の記念写真…。故ダイアナ元妃の関連品ばかりを集めた「ダイアナルーム」など四部屋に計約一万点を飾っている。

 記念品に囲まれていると、敬う家族を身近に感じられるというタイラーさん。欧州連合(EU)離脱を巡って英政治が混迷する中、「女王がいるから最後は何とかなる」という安心感も持てるという。

 王室の存在について、王室伝記作家のクリストファー・ウォーウィック氏は「国民が日常生活で強く意識することはないが、英国と一体の存在」と指摘。王族への意識は世代で異なり、尊敬の気持ちをもつ高齢層に対し、若者層は「君主の家族というより、芸能人のような感覚」と分析する。

 背景には市民に溶け込もうとするウィリアム、ヘンリー両王子夫妻らの姿勢やインスタグラムなどを使った王室の情報発信があるといい、王族は若者にとって身近な憧れの存在になった。キャサリン妃やメーガン妃が身に着けた服やかばんは飛ぶように売れている。

 タイラーさんも、ウォーウィック氏と同じ意見。「かつてより、王室の若者への影響力は強い。距離も縮まって『開かれた王室』になったと思う」と語った。 (ロンドン・藤沢有哉)

◆タイ 街にあふれる敬意

建物の前に飾られたワチラロンコン国王の肖像

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 タイの首都バンコク中心部に広がり、健康志向の市民でにぎわう「ルンピニ公園」。ランニングコースを走る人たちが直立不動になる瞬間が毎日2度訪れる。

 午前8時と午後6時。駅や公園で一斉に国歌が流れる時間だ。国歌はタイが立憲君主制になった1930年代に作られた。

 主婦タンヤティープさん(51)は「タイ人にとっては一つの責任」とウオーキングの足を止める。

 タイでは映画の上映前、荘厳な国王賛歌が国王の画像付きで流れる。観客はやはり直立不動。拒んで不敬罪が適用された例もある。

 デパートやオフィスビルでは、巨大な国王の肖像を目にする。至る所に王室の存在感が表れている。

 現在のチャクリ王朝は1782年にラマ1世が開いた。近代化へのかじを取ったラマ4世は映画「王様と私」のモデルでもある。

 国民の王室への強い意識を考える時、2016年10月に88歳で死去したプミポン前国王(ラマ9世)の足跡を抜きに語れない。

 1946年に18歳で即位。70年の在位期間中、地方行幸を重ね、農村開発や貧困対策の「王室プロジェクト」を推進した。深刻な政治衝突の際、たびたび仲裁役を担い、事態を収束させた。「国父」と慕われ、葬儀時には喪服の市民が王宮周辺を埋め尽くした。

 後を継いだ長男のワチラロンコン国王(ラマ10世)が即位済みだが、戴冠式は5月4〜6日に開かれる。

 政府は国民に黄色の服を着て、祝意を表すように勧めている。タイでは曜日ごとに色があり、現国王が生まれた月曜日は黄色がシンボルカラーだからだ。

 公務員やテレビキャスターの黄色い服が目につき始めた。元号の制度はないけれど、日本と同様、タイも時代の変わり目にある。

 (バンコク・北川成史、写真も)

◆エジプト 息づく古代の文化

 エジプトの首都カイロのアイズちゃんは三月下旬、父アフマドさん(25)と母ヘバさん(22)の長男として生をうけたばかり。両家の初孫でもあり、「家族や親類、近所の人にも喜んでほしい」とアフマドさん。生後八日目に「セブア」という盛大なお祝いが開かれた。

 ヘバさんが、かごに入れられたアイズちゃんを七回またぎ、「カーン、カーン」と鉄器をたたく甲高い音が耳元で鳴らされる。聴覚を活発にする意味が込められているとされる。

 セブアの由来は古代エジプト王国。神話では、子どもが生まれて七日間はハトホル神が母親に代わって保護すると伝えられる。雌牛の角と日輪を頭上にいただく女性の姿で描かれるハトホルは、繁殖と養育の女神。八日目にハトホルから母親に引き継ぐ儀式がセブアに当たる。

 プトレマイオス朝時代(紀元前三〇六〜同三〇年)に再建されたエジプト南部ケナのデンデラ神殿には、「誕生室」と呼ばれる部屋があり、七体のハトホル神がマラカスのような楽器と太鼓を持ったり、子どもに授乳したりする様子が描かれた壁画がある。ダマティ前考古相は、古代エジプトの王ファラオにとって「七という数字は非常に重要。(カイロ南部百キロにある)メイドゥームの階段ピラミッドも七段だった」と語る。

 古代エジプトは紀元前三〇年に滅亡。その後イスラム教が広がってもなお、生活に息づく古代文化はセブアだけではない。イスラム教では死後二十四時間以内に遺体を埋葬するのが望ましいとされ、葬儀が営まれる。エジプトでは四十日後に改めて葬儀がある。古代エジプトでは、ミイラ化するまでの四十日間は神が死者を守ると考えられた。

 同神殿管理事務所のアルハキム・サガエ所長は「生と死が神秘的なのは現代でも変わらない。だから神聖な儀式が、時代を超えて受け継がれている」と話す。

 (カイロ・奥田哲平)

3月下旬に行われたセブアの儀式。生後8日目のアイズちゃんの近くで鉄器をたたき、親類の女性たちがお祝いを歌う=カイロで、奥田哲平撮影

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