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【暮らし】

<家族のこと話そう>病弱な母に代わり家事 料理研究家・清水信子さん

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 母は体が弱く、私が小さいころから入退院を繰り返しておりました。父や兄、妹二人の面倒を見なくてはと、私は自ら、料理や洗濯などを当たり前のことのようにしていました。小学六年のころ、心配して自宅に来た祖母や伯母に、昼食を作って出しましたら、「私たちが心配しなくても大丈夫」と帰ってしまい、がっかりしたこともありました。

 母は長生きしましたが、父は、私の短大卒業から数年して亡くなりました。父の知人で在学中から月に一度、料理の手ほどきをしにお越しくださっていた板前さんから「料理の道で働きなさい」と言われ、三十代半ばで料理教室の講師になりました。婦人誌から料理の特集の依頼があり、同じころ料理研究家の仕事も始めました。レシピを考え、作った料理を撮影し、原稿を書き、校正して完成させるにはエネルギーがいります。でも、自分のレシピが人に喜んでもらえるのがうれしくて、四十年続けています。

 兄の友人だった五歳上の夫と三十代前半で結婚。一直線な人で、私が「ここに小さい台があったらいいのに」とつぶやくと、すぐ作ってくれる人でした。私の仕事の成果も自分のことのように喜んでくれ、いつも話が弾みました。

 そんな夫は五十七歳で、前立腺がんで亡くなりました。三十年ほど前のことです。六年ほど闘病し、知人の紹介で入院していた三重県内の病院で息を引き取りました。十一月半ばのある日、夫の骨つぼを抱いて一人で東京へ帰る途中、電車の中づり広告が目に入りました。NHKの番組「きょうの料理」のテキストの紹介に「清水信子のおせち」とありました。当時、おせち料理を担当することは料理研究家として認められたと思えることの一つ。夫と「十二月の放送は一緒に見ようね」と約束したのがかなわず、涙があふれました。

 それからは人と会いたくなくなりました。近所を歩く家族連れを見たくなくて、カーテンを閉めて家で一人、悲しみに暮れていました。友人の編集者が「こういう時は仕事を」と、料理本を企画してくれました。忙しくなると泣いてはいられず、悲しみは少しずつやわらいでいきました。

 どんなにつらくても生きていかないといけません。自分が明るくならないと、周りを明るくすることはできません。仕事でも、ボランティアでも心を込めると、自然に気持ちも元気になっていきます。

 季節ごとにその土地の旬のものを食べる機会が減っています。夏は体の熱をとるキュウリやトマト、冬は体を温めるダイコンやゴボウを食べるなど、私は昔からの知恵を大事にしています。こうしたことをどう伝えていこうか、常に考えています。

 聞き手・出口有紀/写真・坂本亜由理

<しみず・しんこ> 東京都生まれ。女子栄養短大(現・女子栄養大短大部)を卒業後、都内の料理教室などで講師を務める。料理研究家としても活躍し、テレビや雑誌などで、旬の食材を生かした和食の基本などを伝えている。料理本を多数出版するほか、年齢を重ねても、楽しく一人暮らしをするこつを紹介した著書「『ひとり力』を鍛える暮らし方」(2015年、講談社)もある。

 

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