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【暮らし】

<家族のこと話そう>ネタくれた父に感謝 お笑い芸人・コラアゲン はいごうまんさん

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 両親と三歳上の兄の四人家族です。父はとにかく教育熱心。兄と僕を「京大に入れたい」と勉強させました。小さいころは母が教え、小学四年からは学習塾へ。学校から帰ると玄関に勉強道具が置いてあり、塾へ直行。友達と遊んだ記憶はほとんどないです。

 成績はトップクラスでしたが、僕は幼稚園のときからお笑いが好きで、本心では芸人になりたかった。幼心に「人を笑わせることができるってすごい」と思っていて。テレビ番組を見て芸人のまねをし、みんなを笑わせるのが好きでした。母も向いていると思っていたようですが、父が怖くて従っていました。

 僕は三歳のときに腎炎になり、ずっとスポーツを禁じられていたんです。回復し、中学に入ってやっとできるようになり、憧れの体操部に入りました。でも、勉強の妨げになると思った父が、勝手に退部届を出してしまいました。

 僕が高校一年のときに兄の二浪が決まり、僕も「大学に行かんと芸人になりたい」と言いだしました。父は「裏切りやがって」と怒り狂い、包丁を持ち出して暴れました。この話を少し膨らませ、学校で話したらウケた。「リアルなまはげ事件」と呼んで、いまだにネタにしています。

 兄は二浪したものの優秀で、今は大企業で半導体部門の代表を務めています。小さいときから比べられてきたので、僕の中では兄にバカにされているような感覚があり、十数年間、疎遠だったんです。実家に帰っても、母と顔を合わすだけでした。

 十六年前、父は肺がんで亡くなりました。母は認知症になり、兄の住まいの近くの高齢者施設にいます。家族間のいろいろな話し合いのため、兄と会う機会が増えました。兄から「(父は)おまえが出るテレビを楽しみにしてた。反対はしてたけれど認めてた」と聞き、感謝しました。

 母は、僕の記憶が薄れ、本名の「よしひろ」と呼ぶことはなくなりましたが、自分は「コラアゲンはいごうまんの母」とは思っていて。施設のスタッフに「ライブをさせてやってくれへんか」と持ち掛け、利用者さんたちの前で芸を披露したこともあります。

 今では兄とは、父の思い出話をして笑い、母のことでは結束する−そんな関係になりました。兄弟ってええな、と実感しています。

 父のことは怖くて嫌でしたが、ふと「似てるな」と思うこともあります。個性的な父だからこそ、ネタにもなる。ネタのために、わざととっぴなことをしてくれてたんちゃうか、と思うほどです。

 聞き手・花井康子/写真・淡路久喜

<はいごうまん> 1969年9月、京都府生まれ。本名・森田嘉宏(もりた・よしひろ)。ワハハ本舗所属。実体験に基づいたエピソードを漫談調に話す「実録ノンフィクション芸人」としてライブを開催。著書「コレ、嘘みたいやけど、全部ホンマの話やねん」(幻冬舎)に加筆した文庫「実話芸人」が11日に発売された。

 

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