東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 暮らし > 暮らし一覧 > 7月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【暮らし】

医療現場の高齢者身体拘束 尊厳を奪う「安全第一」

車いすごと倒れ、けがをした母親。ベッドの上でもベルトとミトンを取り付けられ、拘束され続けた=愛知県内で(提供写真、一部画像処理)

写真

 認知症や精神的に不安定な高齢の入院患者らの体を、医療者が治療や、危険行為を防ぐために縛るなどし、行動を制限する身体拘束。精神科では限定的に認められているが、日常的に拘束している一般の医療機関も少なくない。患者にとって苦痛となるだけでなく、体の機能が低下して死期を早めるケースもあり、拘束をなくす取り組みも広がりつつある。 (花井康子)

 愛知県の女性(55)によると、八十代の母親が昨年末、脳出血で県内の総合病院の脳神経外科に入院。高齢のため手術はせず、止血剤の点滴治療をした。

 母親は認知症で、要介護1。点滴を抜かないように当初からミトン型の手袋をはめられた。手が不自由なのを嫌がって壁をたたいたり夜間に声を上げたりし、しばらくして一般病棟から精神科病棟に移された。病棟では「転倒予防」として移動時も車いすに胴体をベルトで固定された。

 数日後、女性が母親を見舞うと、食堂で車いすに固定されたまま、テーブルの食事を前にうなだれたように座り、大量の鼻水を垂れ流していた。その後女性が転院を検討しているうちに、母親が固定されたまま車いすから立ち上がろうとして車いすごと転倒。頭を打ち、再び脳出血したという。病院側は女性に謝罪。だが、拘束は続き、女性は母親を転院させた。拘束は病院側から事前に説明を受け、同意していたといい、「安全のためと考えたが、拘束後、昼夜の区別も家族の名前も分からなくなった。認知症が進んだ感じがする」と悔やむ。

 厚生労働省は身体拘束にあたる事例として、徘徊(はいかい)しないようにベッドや車いすに体や手足をひもなどで縛る、点滴や経管栄養のチューブを抜かないようにミトン型の手袋などをつける、脱衣やおむつ外しを制限するためにつなぎ服を着せるなど、十一種類の行為を例示している。

 介護保険施設では原則禁止され、医療機関では精神科で限定的に認められている。一般病院では拘束の規定がなく、現場に任されているのが現状で「治療に必要」などと日常的に行っている医療機関は少なくない。

 国立精神・神経医療研究センター(東京)の調査では、精神科病床のある全国の医療機関約千六百カ所で身体拘束の指示を受けた入院患者数は、一万一千三百六十二人(二〇一八年六月三十日時点)で、七割近くが六十五歳以上の高齢者。一方、全日本病院協会(東京)の一六年の調査に回答した全国の一般病院や介護施設など約七百機関の六割以上が「身体拘束をすることがある」と答えた。

 愛知県内の別の総合病院の看護師(44)は「転んだり点滴の管が抜けたりするリスクを考えると、拘束はゼロにできない。限られた人員で安全を守るために必要と思えてしまう」と話す。

 身体拘束廃止に取り組むNPO法人「全国抑制廃止研究会」理事長で、多摩平の森の病院(東京)理事長の吉岡充さん(70)によると、患者の体を拘束すると、尊厳を傷つけ、前向きに生きる気力をなくしてしまう。回復力が落ち、体の状態も悪化して肺炎などを起こしやすくなり死期を早めてしまうケースもある。

 精神的に不安定な高齢者が時に、大声を上げたり暴れたりするのは「不快なことがあるから」と指摘。患者の身の回りを清潔に保ち、睡眠や排せつなどの生活習慣を規則正しく整える、寝たきりにさせず、着替えて食堂で食べさせるなど、不快の原因と思われることを取り除き、適度な刺激を与えると、拘束しなくても済むケースも多いという。

 吉岡さんは「その人らしさを尊重した温かいケアを続け、人間らしい生活を取り戻すことで、拘束はほとんどやめられる」と話す。

◆金沢大病院 不安を除き 抑制ゼロに

多数の点滴のチューブなどを着けた集中治療室の患者。看護師らが寄り添いながら院内を巡るうち、せん妄の症状は治まった=金沢市の金沢大病院で

写真

 身体拘束などの行動抑制を限りなくゼロに近づけることを目指す病院がある。金沢市の金沢大病院だ。二〇一四年四月から取り組みをスタートさせ、一六年二月には、一般病棟、精神科病棟の両方で抑制ゼロを達成した。

 「ああ、気持ちがいいねえ」。車いすに乗った高齢の男性患者が、院内の窓から外を眺め、傍らの看護師に話し掛けた。男性は数日前に手術を受けたばかり。手術後は集中治療室(ICU)に入り、車いすに座った体には医療機器から何本もの管が延びる。

 男性は手術直後から、「せん妄」の症状が出たという。せん妄とは手術や生活環境の変化といったストレスが原因で起きる一時的な意識障害。幻覚が見えるなどして勝手にベッドから下りようとしたり、治療に必要な管を抜いたりすることがあるため、医療機関では拘束するケースが多い。しかし、同病院ではベッドに縛り付けることはしない。男性はこの日、看護師と話をしながら院内を回るうち、次第に落ち着いた。

 五年前、同病院で初めて「抑制という手段に依存しない療養生活の世話」を目標に掲げたのは、当時の看護部長で、今は石川県看護協会長を務める小藤幹恵さん(61)だ。決断を後押ししたのは、仲間の看護師が何の屈託もなく言った「抑制帯を持ってきました」という言葉。「人が人を縛る」看護が当たり前になっている雰囲気に衝撃を受けた。

 取り組みの一つが、入院前の患者や家族向けに開く「準備教室」だ。緊張をほぐす深呼吸の仕方、自分に合ったリラックス法の必要性などを、イラスト付きの冊子を配って説明している。冊子には、痛みや気になる症状がある、ちょっとしたことで不安を感じる−など、せん妄を起こしやすい状況のチェックシートも。病室に愛用品や家族の写真など患者の好きなものを持ち込んでもらい、安心できる環境づくりにも努めている。

 さらに、点滴のチューブは気にならないよう患者の服の下を通したり、何度説明してもベッドを離れるたびにチューブを外してしまうなどの患者には、注意を記した紙を目につきやすいところに張ったりといった工夫も。精神的に不安定な患者に対しては、看護師がベッドサイドに座り、手を握りながらゆっくり話を聞く時間を設けている。

 拘束をやめた当初は、不安がる看護師や医師もいた。しかし、見守りながら患者の意思を尊重した方が安心感や信頼関係が生まれ、治療もスムーズにいくのを目の当たりにする中で変わっていった。今では拘束はおろか、重症患者が入る五十八の個室全てに付いている監視カメラも使っていない。家族の中には「けがをしたら大変だから」などとベッドに固定するよう求める人もいるが、拘束をしない理由を丁寧に説明し、納得してもらっている。

 看護部長の渡辺真紀さん(57)は「看護師の手のぬくもりや声掛けなどで、患者を落ち着かせることができるようになった」と胸を張る。病状はもちろん、精神状態や癖など患者のあらゆる情報を看護師同士で共有。誰が担当しても同じケアができるようにしている。

 同病院のように、拘束をしない医療機関は少しずつ広まりつつあるが、まだまだ少ない。小藤さんは「本心では戸惑いがあっても、医療の名の下に漫然と続けている場合が多い」と指摘する。「体を縛ることは、回復をサポートしながら、生活の質を高める看護の仕事の対極にある」と訴えている。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報