東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 暮らし > 暮らし一覧 > 8月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【暮らし】

「聞き書き」で会話弾む 静岡の高齢者施設 選挙も話題に

選挙公報を見ながら、おしゃべりが進む高齢者ら=静岡県沼津市の「すまいるほーむ」で

写真

 民俗学の「聞き書き」の手法を通じた介護で知られる静岡県沼津市のデイサービス施設「すまいるほーむ」では、選挙があると、利用する高齢者同士が自然と選挙公報を手に語り合う。どんな人生を生きてきたかを介護者がていねいに聞き取った高齢者たちはお互いの対話が進み、足腰や認知能力の衰えなどで弱まりつつあった社会への関心も向上。一票を投じることで、社会参加への意欲も高まっている。 (三浦耕喜)

 参院選まっただ中の七月中旬。すまいるほーむのリビングで、昼食を終えた利用者たちが選挙公報の置かれたテーブルを囲み、一票への思いを語っていた。

 「小さかったころ、B29が富士山を目印に東(東京方面)に曲がっていくのを見た」

 幼いころの戦争の記憶を語ったのは、地元に住む男性(78)だ。戦前に使われていた暦の「皇紀二千六百年」にあたる一九四〇(昭和十五)年生まれで、名前に「紀」と「六」が入るため、名前で呼び合う施設では「キロクさん」と呼ばれている。

 男性は「少しでもいいから政治に参加することで、誰も(戦争の)危険にさらされなくなる。自分たちがこの世の中で生きる意味があるんだ、ということが分かってくる」と不戦への思いをにじませた。

 「カツさん」と呼ばれる認知症の女性(83)は耳が遠くマグネットボードで筆談。「どうして選挙で投票するのが大事なのか」と尋ねられると、右手を振り「こっちは社会」、「左手は暮らし」と言い、パシンと手のひらを合わせた。日中・日韓関係などの国際情勢を語る人もおり、静かな言葉遣いの中にも力が入る。

 その後、利用者三人がスタッフの運転する車で地区センターに行き、期日前投票を済ませた。

 すまいるほーむは二〇〇〇年に開所し、一二年に民俗学者の六車(むぐるま)由実さん(48)が管理者に。沼津市と近郊で生まれ育った約二十人が利用する。

 特徴は、新しい利用者が入った時に六車さんらが行う「聞き書き」。相手からじっくりと話を聞き記録する民俗学の手法で、一人一人の利用者がどう生きてきたのかを聞き、介護に生かしている。

 利用者同士は最初は何の接点もなく、会話もない。だが、聞き書きを一緒に聞き、戦争体験など、「自分もそうだった」という共感を繰り返すうちに互いの生きざまに興味を抱くようになり、語り、励まし合う雰囲気が出てきたという。

 選挙も自然と話題に上るようになり、利用者の一人が二〇一六年の沼津市長選の期日前投票への送迎を希望。以来、選挙があるときには希望者を募って行くようになった。

 投票した利用者は、選挙後の政治家の言動や公約の行方などに関心を持つように。市が主催する集会に行き、市長に意見をした人や市議会に傍聴に行くようになった人もいる。

 若いスタッフへの影響も。二十代の女性スタッフは七月の参院選で「キロクさん」から「投票、行かんといかんよ」と諭された。その熱意に押され、住民票のある浜松市で一票を投じたという。

 六車さんによると、参院選で投票した利用者の中には施設に来る前、人生に希望を失っていた人も少なくない。「対話をすることで、社会に参加する意欲を回復していった。一票への期待や、それが裏切られたことへの怒りも含め、次の社会参加への原動力になっているのでは」と話す。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報