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【暮らし】

<「親亡き後」の前に 苦悩する障害者の家族> (中)息子を施設に託す 善意に頼るしかない

女性の墓で納骨前に手を合わせる倉地伸顕さん(奥)と家族会の関係者=滋賀県内で

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 「いつかあの世で我が子と再会した折には今迄(いままで)の子不幸を償い…」−。昨秋、八十八歳で亡くなった女性の部屋で見つかった手紙。息子より先に逝くことをわびる気持ち、息子が入所する施設に今後を託す気持ちが、便箋二枚にわたってつづられていた。

 息子は五十八歳。重度の知的障害があり、四十年近く前から名古屋市緑区の施設「ゆたか希望の家」で暮らす。女性は早くに夫を亡くし、ずっと母一人、子一人。市営住宅で暮らしながら、息子に会うため、年を取ってからも二カ月に一度は施設に足を運んだ。

 息子を案じる思いは、二〇一三年六月に作り、施設に預けた遺言状にも。死亡時に必要となる経費以外の財産を全て、施設に寄付する内容だ。女性が息子に財産を残しても、施設で暮らし、公的な障害福祉サービスを受けている限り、使い切れずに亡くなる可能性が高い。息子は障害があって遺言状を作れないため、死後に法定相続人がいなければ、残った財産は民法の規定で国庫に納入される。遺言執行者である弁護士の浜嶌将周(はまじままさちか)さん(48)は「寄付をすれば遺産は確実に息子のために使われ、施設への感謝も表せる」と話す。

 女性は猛暑だった昨夏、体調を崩した。頼れる親族もおらず、危篤に陥った際に息子を病院に連れて行ったのは施設の所長、倉地伸顕さん(46)だ。遺言通り、葬儀・告別式は行わなかったが、荼毘(だび)に付す火葬式も施設が担った。息子は線香を上げたが、母親が亡くなったことは分からないようだったという。寄付の金額は九百九十六万円にもなった。浜嶌さんは「先々を考え、ここまで動ける人は少ない。女性は亡くなった後も、親であり続けようとしたのではないか」と話す。

 女性が生前、親子二人の永代供養を契約した滋賀県・比叡山の霊園。遺骨が納められたのは、死後一年近い今年七月下旬だ。倉地さんと入所者の親らでつくる家族会の関係者が、車を二時間半運転して出向いた。「仕事の手が空くのを待っていたら夏になってしまった」と倉地さんは言う。

 障害者の親が抱える問題に詳しい仏教大准教授の田中智子さん(41)によると、納骨を含め、親の死後の手続きを施設やグループホームが担う例は少なくない。しかし、実は法的な裏付けは何もない。全くの善意。「余裕がなくてそこまでできなかったり、前向きでなかったりする施設もある」

 女性の場合、部屋を引き払うための遺品整理も、施設側と浜嶌さんが協力して行った。だが、「本来は家族がやるべきことで、執行者の職務としてはグレーゾーン。今回は、遺族である息子の了承をとるのが難しく、でも、やらないと財産を確定させられなかった」と浜嶌さんは話す。

 田中さんは障害者の親の難しさを「自分の人生の終活とわが子の行く末、さらにはわが子の終活も同時に考えなければならない点」と説明する。女性は、十分なお金も、墓も用意していた。納骨時のお布施や交通費などは遺言に従って遺産から支払われたが、それでも善意に頼らざるを得ない場面がいくつもあった。

 施設の負担も大きい。息子を託された倉地さんにとって「家族も含めて入所者の人生を全力で支えることは使命」だ。ただ将来、医療的な措置が必要になるなどして息子が別の施設に移って亡くなった場合、母親と同じ墓に入るまでを見届けられるかは分からない。

 きょうだいや親類がいたとしても、親はどこまで「担保」すべきなのか−。今、それが問われている。 (出口有紀)

 

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