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【暮らし】

<わたしの転機>助け、助けられ広がる縁 民生児童委員の経験から空き家で子ども食堂開く 

近所の彫刻家からもらった端材に直筆した看板の下で「いろんな人から助けをもらえてありがたい」と笑顔で話す水野さん=名古屋市中村区で

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 名古屋市中村区の民生児童委員水野愛子さん(71)は、近所の築80年ほどの空き家を改装し、昨年11月から子ども食堂を月1度、開いている。居場所のない子どもや高齢者のためにと一念発起。30人分の食事の費用は自腹だが、近隣住民や友人らに助けられ、地域の「縁」が広がる手応えを感じている。 (出口有紀)

 子ども食堂を思い立ったのは、二十年近く民生児童委員をする中で、親から虐待を受け、家庭に居場所がない子どもたちがいることを知ったから。見た目は分からなくとも、子どもの貧困は進んでおり、また、家族と同居しながら孤立している高齢者もいます。地域の「たまり場」をつくり、気楽に食べに来てもらおうと。「家で一人で食べるくらいなら、ここへ来て」って声を掛けています。

 たまり場の名は「ばっちゃんち」。子ども食堂は毎月一回、不定期に開き、高校生までは無料。カレーや中華丼が中心ですが、野菜はたくさん入れ、デザートも付けます。毎月、三十人ほどが利用しています。

 私も幼いころは貧乏のどん底でした。父が病気で寝たきりになり、母が子ども六人を育て、仕事を掛け持ちし、兄たちも家庭教師などをして家族を支えていました。食べるものに困ることもありましたが、母が「子どもの心まで貧しくさせないように、ちゃんと食べさせないと」と話していました。私も同じ思いです。

 二十三歳の時、知人の紹介で寺へ嫁入りしました。前住職の夫(75)を支え、娘三人を育てました。檀家(だんか)への対応や掃除などに疲れて気持ちが沈むこともありました。でも、「人のために生きることが大事」という母の言葉に支えられ、その思いが、たまり場つくりにもつながりました。

 改修した空き家には、私が担当していた高齢女性が住んでいましたが、施設に移るのを機に、六年前に土地と建物を購入。昭和初期の木造家屋の雰囲気を生かすため、大掛かりな改装も必要で、高い買い物でしたが、生きている証しとしてやりたいと思いました。

 寺の給料や年金、民生児童委員の報酬など、ためてきたお金を投じました。冷蔵庫などの家電や台所の流し台は知人が寄付してくれました。電気代を節約するためにガス釜で炊いたご飯を保温ケースに入れるといいことも、弁当屋を営む友人が教えてくれました。栽培した野菜を大量にくれる知人もおり、助かります。

 ばっちゃんちは、食堂だけでなく、地域の集まりや小学生の学習支援団体などにも使ってもらっています。縁がどんどん広がる感じが、おもしろいです。お金では買えない豊かな思いになっています。あと十年は頑張りたいです。

 

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