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【暮らし】

介助なし 通勤「命がけ」 働く重度障害者、介護に「空白」

路上の側溝に気を付け通勤する辻直哉さん=愛知県美浜町で

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 障害者が働くための通勤や職場での介護を公費で負担するべきか、否か−。七月の参院選で、常時介護が必要な重度障害者の議員が誕生し、就労中の介護費用のあり方に注目が集まっている。現制度では、就労時などの「経済活動中」は支援の対象外。通勤に介助が必要な重度の障害者が能力を発揮するために乗り越えなければいけない壁は高い。苦心する障害者たちを追った。 (出口有紀)

 頸椎(けいつい)損傷で胸から下が動かず、電動車いすの生活を送る社会福祉士の辻直哉さん(47)にとって、毎日の通勤は「命がけ」だ。

 自宅のある愛知県美浜町から名古屋市の職場まで鉄道を二回乗り継ぎ、片道約二時間。書類やパソコンが入り、ずっしりと重いかばんを脚の上に載せ、一人で向かう。

 一番の難所は、自宅から最寄りの名鉄「知多奥田駅」まで一キロほどあるたんぼ道。側溝のふた、横断歩道のわずかな段差が命取りだ。車いすの小さな車輪が挟まったり、引っ掛かったりして倒れると、一人では起き上がることができない。

 二〇一七年の冬の夜。帰宅途中だった午後十時半ごろ、美浜町内で車いすが段差に引っ掛かり、後ろに転倒した。人通りの少ない田舎道。首に下げていたスマートフォンも弾みで飛び、手が届かない。偶然通り掛かった大学生に助けられるまで、転んだまま三十分。障害で体温調節もうまくできず、「死を覚悟した」。

 雨の日の夜に雨合羽が前輪に引っ掛かり、動けなくなったことも。腕も十分に動かせないため、猛暑日でも、かばんからペットボトルを取り出せず、水分補給できない。急に尿意や便意をもよおさないよう、飲み物は極力飲まない。

 大学を卒業した直後の二十二歳の時、バイクの交通事故で首の骨を折り、障害者に。現在、自力での食事や排せつ、入浴などが難しく、自宅では、公費でヘルパーが派遣される「重度訪問介護(重訪)」を常時受ける。

 ただ、重訪は生活支援が対象。就労すると、通勤や職場でヘルパーの介助は受けられない。このため、辻さんの場合、帰宅する午後八時ごろから翌朝、出勤する午前七時ごろまでヘルパーが介助。だが、家の玄関を出た途端、支援は「ぶちっと切られる」。

 仕事は、社会福祉士として障害者やヘルパーの相談にのること。名古屋市の社会福祉法人「AJU自立の家」が運営するヘルパー派遣事業所で平日の午前九時から午後六時までフルタイムで働く。

 職場では事業所の主任で、「職場介助者」の山田健二さん(39)が支える。辻さんにかかってきた電話の内容をメモしたり、メールの文面を作成したりする。

 職場介助者は、障害者雇用促進法に基づき、障害者を雇用する事業所が配置し、国が人件費の一部を助成。ただ、障害者一人に配置できる介助者は一人。山田さんが休みの日やほかの業務が忙しいときは、代わりはない。辻さんの試算では、自費でヘルパーを付けると、一時間四千円。現在の収入ではとても賄えない。

 障害者となった二十五年前。十分な福祉制度やバリアフリーが進んでいない現実に直面し、社会福祉士を目指した。地域で生活する障害者を支援するNPO法人を運営する中、二年前に自立の家から相談員を頼まれた。「生活のために働きたいし、障害があってもやりがいのある仕事がしたい」と引き受けた。

 この四半世紀で、バリアフリーは大きく進んだ。駅にさえ着けば、エレベーターもあり、駅員たちが手慣れた動きでホームから電車の乗り口までスロープ板を設置。辻さんは混んだホームも自由に移動できる。

 だが、依然として働くハードルは高い。通勤に介助を受けられない現状では事実上、「自力通勤可能な人」しか働けないように見える。「一般の人と同じラインに立てるところまで公費で助けてもらい、『ここからは能力を発揮して、頑張って』と言ってほしい」

 

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