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【暮らし】

とっさの介助、どこまで グレーゾーン、判断難しく 障害者「合理的配慮」悩む現場

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 「家まで連れて行って」−。駅で障害者や高齢者から介助を求められた場合、どこまで対応すればいいのか。ある鉄道会社の駅員から、そんな苦悩をつづった手紙が生活部に寄せられた。二〇一六年施行の障害者差別解消法は行政機関や事業者に、障害者から支援を求められた際に対応する「合理的配慮」を義務づけた。ただ、障害者のニーズや状況はさまざま。不慮の事故で責任を問われる可能性もあり、現場で悩む人も少なくない。(出口有紀)

●車いす取ってきて

  「家の玄関にある車いすを取ってきて」

 八月、東海地方の私鉄の駅に勤める五十代男性は降車してきた高齢男性の依頼に戸惑った。男性は持病の薬が切れ、歩けなくなっていた。男性の自宅は駅から百メートルほど。だが、引き受ければ職場を離れるだけでなく、泥棒と誤解されるかもしれない。説明して、依頼は断った。

 同じ高齢男性からは今春にも自宅への送り届けを頼まれた。このときは駅員二人で付き添い、自宅のベッドに寝かせた。車いすの障害者から、尿のたまった人工ぼうこうの処理を依頼された同僚もいる。

 会社には車いすの扱い方などのマニュアルはある。だが、とっさに介助を依頼された場合の対応法はない。できる限り助けたいが「どこまでできるのか」。

 障害者差別解消法は行政機関や事業所に障害者への「合理的配慮」を求める。民間は努力義務だが、支援の要請には「負担が重すぎない範囲」で対応する必要がある。難しい場合も理由を説明し、理解を得るよう努めなければならない。

 どこまでが「合理的配慮」に当たるのか。内閣府によると、まず、本来の業務に付随するものに限定。障害のない人と同等の機会を得るためのもので、業務に影響が出ない範囲という。

 例えば駅構内に段差がある場合、携帯スロープなどを使い車いすの障害者を補助することは配慮に該当。一方、送迎は事業の一環で行っている場合を除き、断っても配慮していないことにはならない。また、飲食店での食事介助や温泉施設での入浴介助などの身体介護に当たる行為を求められても、事業として行っていない限り、断っても配慮していないことにはならない。

 内閣府は事例集をホームページで公表。対応を促している。ただ、障害の特性や必要な支援は多様で個別性が高く、実際の判断は多くが現場に任されている。

●事故の責任取れぬ

名古屋市交通局は地下鉄全駅と市バスの営業所に民間資格の「サービス介助士」を取得し、車いす操作などに通じた職員を一人以上配置。地下鉄の乗り降りなどに対応しているが、突然の別の要望に対応できるかは状況次第。担当者は「忙しい時は、バスや駅を離れて手伝えない」と話す。

 一定の基準を定めている事業者も。京王プラザホテル(東京)は社員の三割が障害者らへの接遇の民間検定を修了するなどしているが、対応はホテルの敷地内まで。担当者は「敷地外はお客さまに別途、お手伝いする方を手配してもらうようお願いする」と話す。

 三越伊勢丹ホールディングス(東京)は一八年にハンドブックを作成。「トイレの介助」など実際に起こり得る事例も挙げ、体に触れるサポートには対応していない。「事故があった場合に責任が取れない可能性があるため」という。

 障害者問題に詳しい弁護士藤木和子さん(36)は「敷地外で善意で介助し、障害者が事故にあった場合、会社が過失を問われることも考えられる」と指摘。「業務に関してどこまで配慮としてできるのかを決めておく必要がある」と話す。

◆「地域の関係先と提携を」

 三重県四日市市の恒矢(つねや)景子さん(61)は雨の日の朝はいつも、離れて暮らす三男の信輝さん(25)のことが心配でたまらない。

 信輝さんはダウン症と自閉症で重度の知的障害がある。二年前から、実家から車で十五分ほどのアパートで、ヘルパーの介助を受けながら同じく自閉症の友人と二人で暮らしているが、案じるのは、信輝さんの作業所への通勤だ。

 アパートから鉄道の乗車駅まで徒歩で約十分。乗り換えを含め、七駅先の作業所まで一人で通う。障害の影響で言葉が話せず、「困り事が起きても言えない。自分で(何が起きているのか)分からないこともある」。雨の日は乗車駅で傘を閉じ、留められるだろうか。傘を広げたまま、乗車しないか…。不安は尽きない。

 過去には信輝さんが乗車後に定期券をなくし、改札口から出られずに駅員にとがめられるトラブルも。信輝さんのリュックには緊急連絡先などが書かれた紙を入れ、駅にも信輝さんの情報や緊急連絡先を書いた表を置いてもらっている。

 親亡き後に備えるためにもできるだけ自立した生活を送らせたいが、「障害者は自分や家族の努力だけでは、どうしてもできない部分がある。駅員や周りの人が理解を深め、もしものときに緊急連絡先へつなげてもらえたら」。

視覚障害がある森登美江さん(左から2人目)と話し合うバス会社の職員たち=東京都内で

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●SOSは最終手段

 支援が必要な障害者や高齢者への「合理的配慮」を行政や事業所に義務づけた障害者差別解消法。求めにどこまで応じればいいのか、悩む現場の人も多い中、NPO法人「日本障害者協議会」(東京)代表で、視覚障害のある藤井克徳さん(70)は「障害者や高齢者は外出時はできるだけ自助を心掛けている。SOSを求めるのはよほどの時で、切羽詰まっている」と指摘。「命の危険があるなどの緊急性や業務への支障の有無を判断し、常識をこえない範囲での介助なら対応してほしい」と話す。

 対応が難しい場合でも、家族やヘルパーなど、他に介助を代行する手段がないかを検討。緊急連絡先が分からないときは、地域の福祉事務所(役場の福祉課)や高齢者介護の相談窓口の地域包括支援センター、障害者の相談支援事業所などに連絡する。関係する地域の福祉関係の連絡先を一覧にしておくと、役に立つ。

●研修会で方法模索

 そんな中、事業者と障害者がともに方法を模索する研修会もある。交通のバリアフリーを目指している「交通エコロジー・モビリティ財団」(東京)が毎年、東京と大阪で全国の鉄道、バス会社の職員を対象に実施。十月下旬に都内であった研修には三十八人が参加し、障害者ら十三人が講師やオブザーバーとなった。

 参加者が実際に遭遇した事例をもとに対応法を検討。バスターミナルで、乗客の視覚障害者から「隣接する駅改札口まで連れて行って」と運転手が依頼された事例を取り上げた班ではバス会社の職員らと、視覚障害者の森登美江さん(68)=東京都府中市=が議論した。

 乗客の視覚障害者が初めて訪れる場所で、不慣れだったことなどから、結論は「運転手が介助することを基本に、難しい場合は駅係員や他の客らに協力を仰ぐ」になった。

 ただ、森さんは「私は(他の乗客ら)知らない人に同行してもらうのは怖いが、急いでいて『誰でもいい』という人もいると思う」とも。小田急バス(東京)安全統括部課長代理の住吉雄一さん(48)は「障害者や高齢者もさまざまな人がいる。どういう助けが必要か、まず本人の思いを確かめたい」と話した。

 同財団の沢田大輔さん(48)は「何が『合理的配慮』の接遇になるのかは、ケースごとに異なり、グレーゾーン。『規則だから』と一律にカットするのではなく、何かできることはないかと、ポジティブに柔軟な対応をしてほしい」と話す。

 

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