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【暮らし】

<家族のこと話そう>いつでも楽しそうな母 漫画家・ヤマザキマリさん

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 母はシングルマザー。ビオラ奏者で、私と二歳年下の妹を育ててくれました。何が起きても落ち込まず、楽しそうに見えました。

 昔から音楽が好きで、札幌にできる交響楽団が団員を募集する記事を見て、東京から、知り合いも誰もいない北海道へ行ったそうです。「知らない土地で、知らない人と新しい交響楽団を作るってワクワクするじゃない」って。同じ楽団の指揮者の父と恋に落ち、私を産みました。父は私が幼いころに亡くなりました。

 母は夜のコンサートがあると、帰ってくるのは午後十時すぎ。私と妹は市営住宅で留守番でした。連れていかれても、音楽は分からず、つまらなくて客席の最前列でモジモジ。そんなとき、ステージの母は指揮者を見ずに、私たちを「静かにしていなさい!」という顔で見ていました。

 でも、母が一生懸命仕事をしている現場を見られたのは良かった。景色のきれいな所で野外コンサートをすると、終わって私の所に来て「もう、泣けてきたでしょ!」と。母は感動しやすいんです。感動してばかりいたら、生きていて楽しいですよね。

 私は画家になりたかったけれど、中学二年の時、教師から「食べていけない」と言われて落ち込んでいました。すると母は、私一人で一カ月間のヨーロッパ旅行に行き、ルーブル美術館を見てこいと。

 その一人旅で私が知り合ったイタリア人のマルコじいさんと、母がペンフレンドに。私が高校時代にその男性が母に、美術を学ぶために私のイタリア留学を勧め、実現しました。

 イタリアでは、水道もガスも止まるような極貧生活。母は時折、日本食などを持ってきてくれましたが、私が頼んだ荷物を届けると、すぐマルコじいさんの家へ行ってしまう。私が画家になりたくてこんな生活をしているのなら、私に任せた、という感じでした。失敗も挫折もしてはいけないということはなく、やってみるしかないじゃない、という考え方。いろんなことをさせてもらえ、本当に良かったです。

 現在、八十すぎの母は体が不自由になり入院していますが、私が訪ねると、介助をする人とブラームスの話をしていました。母は自分で「(自分に)幸せを供給」できる人で、見ていて安心します。

 母は時折、「えっ」と思う面白い言葉を言うことがあります。この前、温泉に連れて行ったときは、母が夕日に照らされて「いい夕日ね! この英気を糧に明日から頑張るぞ! 仕事バリバリ!」と。そんな言葉が意外に楽しみで、私は自分の糧にしていたんだと思います。

 聞き手・吉田瑠里/写真・太田朗子

<ヤマザキ・マリ> 1967年東京都生まれ。84年にイタリアの国立フィレンツェ・アカデミア美術学院に留学し、油絵と美術史を学ぶ。夫はイタリア人で、イタリアと日本を拠点に暮らす。代表作の「テルマエ・ロマエ」でマンガ大賞、手塚治虫文化賞短編賞。名古屋市美術館で15日まで開催中の「カラヴァッジョ展」をPRするナビゲーターを務める。

 

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