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【暮らし】

認知症、変わらず接して 自ら発症の専門医が啓発絵本

認知症の家族をテーマにした絵本を出版した長谷川さん(左)と妻の瑞子さん=東京都内で

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 認知症研究の第一人者の精神科医で、「長谷川式」と呼ばれる診断基準を開発した長谷川和夫さん(90)=東京都板橋区、愛知県春日井市出身=が二年前、自身も認知症になり、病気への理解を深めてほしいと昨年、絵本を出版した。実体験などを基に「家族や地域など周囲の理解があれば、認知症になっても安心して生きていける」と語る。 (細川暁子)

 長谷川さんは、名古屋大病院の医師で戦死した叔父の遺志を継ぎ、医学の道に。母校の東京慈恵会医科大に勤務していた一九六八年に、認知症の研究を始めた。当時、認知症はまだ「痴呆(ちほう)症」「ぼけ」などと呼ばれ、家族が患者を納屋に閉じ込めるようなこともあったという。

 聖マリアンナ医科大の教授になった翌年の七四年に、現在も認知症の診断に使われる知能検査を開発。それらを機に認知症は認知機能が障害を受ける病気だという認識や、患者支援が広がった。

 妻の瑞子さん(81)と二人暮らし。子どもも含め、幅広い世代に認知症について知ってもらおうと絵本の構想を練っていた二〇一七年秋ごろ、頻繁に日付が分からなくなったり、相手に話をしたかどうかを思い出せなくなったりした。病院で脳のコンピューター断層撮影(CT)検査や心理テストなどをしたところ、認知症と診断された。

 「年を取ったら認知症になるのはしょうがない。人はみな、あるがままの存在が尊い」と受け止めた。その後、講演会などで認知症を公表。多くの患者を診てきた経験から、「認知症になっても安心して生きていけると知ってほしかった」という。

 忘れっぽくなる症状は進み、朝から一日中、捜し物をしているときも。「時々、今が朝か夜か、分からなくなる」といい、最近、腕時計を十二時間表示から二十四時間のデジタル式に変えた。

 それでも、今のところ、生活に困ることはない。一人で外出した際に道の真ん中で転んでしまったこともあるが、近所の人が自宅まで送ってくれたという。

 患者になって良かったと思うときも。「僕は心臓にも病気がある。死は怖いけれど、神様はその不安や恐怖を軽くするために認知症にしてくれたのかもしれない。神様からの贈り物」

 絵本「だいじょうぶだよ−ぼくのおばあちゃん」(ぱーそん書房、千三百二十円)は、認知症になったおばあさんが症状に戸惑いながらも、家族に見守られながら、笑顔で幸せに生きるストーリー。主人公のおばあさんは長谷川さんの義父がモデルで、アルツハイマー型の認知症を患っていたときの実話を基に長谷川さんが文章を考えた。

 絵本の中にもあるエピソードの一つが、義父が家族と食事をしていたときのこと。義父が「皆さんはだれですか?」と困った様子で話したとき、当時二十歳だった長谷川さんの次女が言った。「おじいちゃんが分からなくても、みんなはおじいちゃんのことが分かっているから大丈夫」

 長谷川さんは「自分が相手のことを分からなくても、相手は自分を知っていて、以前と変わらずに接してくれる。それが、認知症の人の救いになる」と指摘。「認知症の人は、別の世界に行ってしまった怖い人でない。尊厳を持った人として、接してください」と話している。

<長谷川式簡易知能評価スケール> 「お年はいくつですか?」「100から7を順番に引いてください」など九つの質問項目で構成された簡易知能検査。30点満点で20点以下が「認知症の疑い」とされる。1974年に作成され、これまで採点基準などが見直されてきた。現在は「長谷川式認知症スケール」と呼ばれ、広く認知症スクリーニング検査に使われている。

 

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