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【首都圏】

<お空のみかた 予報士記者の気象雑話>富士山頂のデータ 貴重な財産 2カ月欠測

アメダスデータの欠測が続く富士山特別地域気象観測所(2014年8月13日撮影)=富士山頂で

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 富士山頂の地域気象観測システム(アメダス)が、四月十二日からデータ収集できない状況が続いています。かつては「富士山測候所」として、気象庁職員が常駐していましたが、今は無人。場所が場所だけに、簡単には修復に向かえません。気象庁は「七月の山開き前には修復したい」と、今週中には確認に向かう予定です。

 山頂で収集しているデータは気温、気圧、湿度。富士山登山者にとっては、コースを設定したり、登山予定を決めたりする際の羅針盤のようなものです。二〇一三年には国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産に登録され、世界中から登山客が訪れる富士山。山開き前の修復は喫緊の課題でしょう。

 富士山頂では一八九五年、夏に限定して中央気象台(現気象庁)が定期的な気象観測を始めました。この年の冬には、気象学者の野中到が私費を投じて観測所を設置し、妻の千代子と過酷な環境での越冬観測を決行。高山病や物資の不足などに悩まされながらも観測を続けた夫妻の物語は、新田次郎が「芙蓉(ふよう)の人」のタイトルで小説に著し、映画やテレビドラマにもなっています。

 日本の最高峰に設置された施設は開所当時、世界最高所での常設気象観測所でした。高地での気象観測の先駆けとなり、そのノウハウは現在の偏西風観測や、地球温暖化のデータ収集にもつながっています。夫妻の苦労を引き継いだ気象庁職員の中には、滑落して命を落とした人もいます。

 先人が苦労を重ねた長い歴史のある観測データだけに継続性も貴重な財産です。

 富士山頂では二〇一四年六月にも一カ月ほどデータが欠測しましたが、二カ月以上もの間データを収集できないのは異例です。胸を痛めている気象庁OBも多いのではないでしょうか。

 富士山測候所は今は無人となってしまいましたが、廃止翌年の〇五年に研究者らが「富士山測候所を活用する会」を設立し、現在でも研究活動に利用しています。 (布施谷航)

 

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