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【首都圏】

500年前の「奉納由来記」 足利学校・大成殿の改修中、床下から…

奉納由来記の表側。色落ちしているものの、キツネに乗った女神ダキニ天の姿が描かれていることが確認された

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 栃木県足利市の史跡足利学校は、創建以来の大修理が行われている孔子廟(びょう)「大成殿」の孔子像が置かれていた内陣東側の床下から八月中旬、木片「稲荷大明神神像奉納由来記」が見つかったと発表した。

奉納由来記の裏に記された第七代庠主、九華の墨書

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 奉納由来記は縦三十九センチ×横十一センチ、厚さは一センチほど。江戸時代の書「下毛埜州(やしゅう)学校由来記」(一七三八年)の記載から存在は知られていたが、長らく行方不明だった。

 学校の最盛期の一五五四年の作で、キツネに乗った女神ダキニ天(荼枳尼天)が表に描かれ、裏は校長に当たる第七代庠主(しょうしゅ)、九華(きゅうか)(玉崗瑞ヨ(ぎょくこうずいよ)、一五〇〇〜七八年)の筆で校内の稲荷社や地主神を修復・合祀(ごうし)した経緯などが記されている。

 右側半分が失われており、江戸時代の改修時に補修材として使われたとみられる。表にダキニ天の絵が確認されたことから、足利学校は棟札ではなく奉納用と分析している。

 九華は北条氏政の庇護(ひご)を受けて足利学校を再興した人物。当時は「学徒三千」といわれ最盛期を迎えた。イエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルが「日本国中最も大にして、最も有名な坂東の大学」と世界に紹介したのもこの時代だ。

 同学校の大沢伸啓所長は「九華の時代は戦乱の世。儒学を教える身ながら、お稲荷様や仏様にもすがって平和を願い、足利学校を繁栄に導いたのでしょう」と話している。

 大成殿は一六六八年の創建以来、一度も火災や空襲などの被害に遭っておらず、現存する国内最古の孔子廟。二〇一一年三月の東日本大震災で建物が傾くなどしたため、大規模な保存修理工事を行っている。 (梅村武史)

 

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