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【首都圏】

<しみん発>生の音楽聴けるまちに

市内各所で音楽が響いた「ふなばしミュージックストリート」=千葉県船橋市で

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 「船橋を『音楽のまち』にしたい」。千葉県船橋市中心部などの11会場で、10月20日に開催された音楽祭「ふなばしミュージックストリート」。関東各地から79組(ソロ含む)のミュージシャンのほか、ダンスの3組が出演した。主催した実行委員会の委員長である小松優一さん(34)は「いつでも生の音楽が聴けるまちにしたい」と話す。

 ロックやジャズ、ポップス、クラシックなど多彩な音色が入れ替わりで響いた。ステージは駅前のデッキや百貨店の屋上、ホテルや公共施設のホール、臨海部に係留する元南極観測船のデッキなど。市内の各会場では、公募で選ばれた関東各地からのミュージシャンが、曲名などを紹介するなどのトークを交えながら、演奏などを披露した。

 音楽祭は二〇一四年から始まり、小松さんは二回目から実行委員長を務める。「音楽って、生活に密接したものじゃないですか」。現代はスマートフォンやテレビ、街頭でさまざまな音楽が流れていることを引き合いに、「生演奏はミュージシャンの息遣いやその場の雰囲気、空気感が楽しめる。そんな生の音楽を、毎日楽しめる街はすてきだと思います」。

 今回出演したのは、八十二組のミュージシャンら計約二百人。実行委メンバーは音楽仲間のほか、音楽好きの会社員や主婦らで構成。約百五十人のボランティアも企画運営に加わった。

 中学生時代、英語の先生がギターを弾いたのを目にし、「格好いい」と音楽に没頭した小松さん。二十歳のとき、島村楽器の「HOT LINE JAPAN FINAL」でグランプリを受賞。メジャーデビューし、映画の主題歌を制作するなど活躍していた。

 音楽人生の転機となったのが、二〇一一年の東日本大震災。高校時代の親友が、就職先の岩手県陸前高田市で働き始める直前、津波で亡くなった。小松さんは「彼は夢半ばで死ななければならなかった。僕は、誰かの夢を応援する存在になろう」と決意。若手を育てようとボイストレーナーのほか、イベントのプロデュースなどを手掛けてきた。

 今年九月には、友人と音楽や劇団活動ができるアトリエを船橋市内に開設した。音楽祭を毎年開催するなどして「『船橋で音楽やってます』って言えるミュージシャンが増えるといい」と、裾野が広がることを願う。 (保母哲)

<こまつ・ゆういち> 1985年、千葉県船橋市出身。ミュージシャンで、「ふなばしミュージックストリート」実行委員長。歌手を目指す若者らを指導するボイストレーナー、イベントプロデューサーでもある。

「ふなばしミュージックストリート」実行委員長小松優一さん(34)

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