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【首都圏】

<パラリンピックがやってくる 平山譲> (1)大歓声の舞台、東京でも

4回目のパラリンピックとなった2004年のアテネ大会に出場し、男子100メートルバタフライ(視覚障害1)で力泳、銀メダルを獲得した河合純一さん=ギリシャ・アテネで

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 年が明け、いよいよ五輪イヤーと騒がしい。だが同時に、新年はパラリンピックイヤーでもある。

 「五輪は黙っていても盛り上がります。大切なのは世界初二度目の開催都市となる東京でパラを成功させることです」

 七年前の東京開催決定の瞬間、自身がパラリンピックで計二十一個のメダルを獲得する栄光に輝いた、現パラリンピック委員会委員長河合純一さんは歓喜と不安が混在したという。

 一九六四年の第二回大会は資金不足で、坂本九のチャリティーコンサート等で集めた寄付金五千万円で、五輪の陰でささやかに開催された。「東洋の魔女」はいまも話題にされるが、パラ卓球男子ダブルスの金メダルはあまり知られていない。

 五十六年が経(た)ち、世界は変わった。一二年ロンドン大会、五輪の閉会時に「Thanks for the Warm−up(前座をありがとう)」のテレビCMが奏功し、開幕前にチケットが完売。障害者スポーツは福祉ではなく、勇気を循環させてくれる新たな娯楽として世界では定着している。

 二度目となる東京はどうか。障害者スポーツの会場は、選手の家族や知人がまばらに応援しているだけの競技がいまだ多い。五輪は争奪戦状態だが、約二百六十万枚あるパラリンピックのチケットが売れ残り、空席が目立つ会場に選手を迎えることになりはしないか。

 「一九九六年のアトランタ大会のとき日本では、あるテレビ局がニュースで報じたら、かわいそうな姿をさらし者にするなと苦情が殺到しました。むろん、僕らはかわいそうなんかじゃない。オリンピアン同様に、ただスポーツが好きで努力しているだけです」

 パラ水泳金メダリストで、日本人で初めてパラ殿堂入りした河合さんは、スタート台で大歓声が聞けるパラリンピックの舞台に立つことが誇りだったという。

 新幹線に高速道路、日本武道館に国立代々木競技場など、五輪のための建築物が前回のレガシーとなった。だが今回は、「バリアフリー」「インクルージョン」といった思想の真の定着を社会にもたらすパラリンピックそのものも、レガシーになり得るのではないか。

 「昨年ラグビーが盛り上がったように、今年のパラはチャンス。ルールを知らなくても、好きな子を誘う口実でもいい。一度観戦してもらえれば、障害があるのにすごい、ではなく、スポーツとして面白い、と楽しんでもらえるはずです」と河合さんは呼びかける。

 福祉ではなく、もう一つのスポーツの祭典。スタンドは満員の方が、選手も観客も熱が入る。

     ◇

 東京パラリンピックが八月二十五日〜九月六日に開かれます。五輪競技とはひと味違った、障害者スポーツの見どころ。アスリートたちの素顔と不断の努力…。二十年以上、パラリンピックを取材している作家の平山譲さんがその魅力を伝えます。(毎週土曜に掲載します)

<平山譲(ひらやま・ゆずる)> 1968年東京生まれ、作家。苦難から再起する人々の物語を多数執筆。作品が映画化やドラマ化されている。「片翼チャンピオン」(講談社)、「サッカーボールの音が聞こえる」(新潮社)、「パラリンピックからの贈りもの」(PHP研究所)などパラ競技を題材にした著書も多い。

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