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【首都圏】

収容所 楽団で生きる「シベリアのバイオリン」 窪田さん、父の抑留を物語に

著書「シベリアのバイオリン」を手にする窪田由佳子さん=東京都千代田区で

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 終戦後、旧ソ連・シベリアの極寒の収容所で捕虜となり、独力でバイオリンを作って仲間たちと結成した楽団で演奏した父親の実話を、長女のピアノ教師、窪田由佳子(ゆかこ)さん(65)=静岡市葵区=が一冊の物語にまとめた。「厳しい抑留生活の中でも、音楽という生きる喜びや楽しみをつくりあげた父たちのたくましさを知ってほしい」と話す。 (奥野斐)

 由佳子さんの父、一郎さんは一九四三(昭和十八)年、十七歳でバイオリンを弾くため静岡市から旧満州(中国東北部)に渡った。しかし、戦況の悪化で召集され、関東軍気象班の一員に。戦後はハバロフスク北方のコムソモリスク第二収容所で重労働を強いられた。

 飢えと寒さ、物資もない劣悪な環境…。生きる希望に約半年かけて廃材でひそかにバイオリンを作った。収容所内にできた楽団に誘われ、劇団も結成され慰問活動を行った。約三年の捕虜生活では、日本向け短波ラジオで演奏もした。

 四八年十月に帰国し、静岡市内の家庭金物製造会社に就職。結婚して二人の娘に恵まれた。帰宅後は真っ先にバイオリンを弾き、友人らが遊びに来ると、娘たちにピアノ伴奏をさせた。「戦争はどんな理由があってもしてはいけない。音楽ができる今が幸せだ」と繰り返し語り、八一年、五十五歳で病気で亡くなった。

 由佳子さんは、一郎さんから抑留体験を聞いていたものの、「異次元の話すぎて興味がなかった」。十年ほど前、趣味で文章を書き始め、「シベリア抑留の本などを読むにつれ、この歴史が忘れ去られてはいけないと強く思った」と話す。

 二年半前、同収容所について書かれた本の中にバイオリン奏者の記述を見つけ、父の友人ではないかと遺族に連絡を取った。父たちの演奏を覚えていた川崎市の松本茂雄さん(94)に出会い、松本さんの口ずさむ劇中歌の「根室の灯(ともしび)」を聴くことができたという。

 「シベリアのバイオリン−コムソモリスク第二収容所の奇跡」を一月に出版。由佳子さんは、父の生きる証しであり、支えが音楽だったとの思いを一層強くした。「生前、父が『何よりバイオリンが大事』と話していた意味が、分かった気がします」

 百十二ページ、税別千二百円。問い合わせは、地湧(ぢゆう)社=電03(5842)1262=へ。

バイオリンを弾く50代の窪田一郎さん(由佳子さん提供)

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