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【首都圏】

<パラリンピックがやってくる 平山譲> (5)傷ついた心に希望与える

2016年のリオデジャネイロパラリンピックで銅メダルを獲得した山田拓朗選手(左)と笑顔で記念撮影する桜井誠一さん=ブラジル・リオデジャネイロで(桜井さん提供)

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 障害者スポーツの意義を、四十一年も前から実感している人がいる。

 日本身体障がい者水泳連盟技術委員長の桜井誠一さんは今年で七十歳。神戸市役所に勤務しながら実業団大会に出場した経験を生かし、二十九歳のときに社会貢献として子ども向け水泳教室の指導者となった。

 「一般の小学生も教えていましたが、勉強が忙しくなるとやめてしまう子がほとんどでした。でも自宅に閉じこもっていた障害がある子は、泳ぐことに生きがいを見つけたとずっとプールへ通ってくれたんです」

 いつまでも楽しく、そして体に負担なく楽に泳ごうと、障害者のための水泳クラブ「神戸楽泳会」を一九八九年に発足させた。二〇一六年リオ大会の水泳銅メダリスト山田拓朗選手ら、多くのパラリンピアンを育成した。

 そんな桜井さんも泳げない時期があった。一九九五年一月十七日、阪神淡路大震災で被災し、市役所の災害対策本部で復興活動に奔走した。翌年、生活再建本部に異動すると、街だけでなく、人々の心が痛めつけられていることを知った。

 「家族を亡くし、自宅を失った被災者と、私が教えてきた事故などで障害を負ってしまった子どもたちに、共通したものを感じました。仮設住宅や施設といったハードばかり整えても、生活再建はできないように思えたんです」

 人は大切な何かを失ったとき、過去と現実とを比べて失望してしまう。けれども一メートルでも遠くへ、一秒でも速く、プールでのそんなささいな目標は、現在と未来の理想とを比べる希望になり得る。

 「事故で片腕を損傷してしまった障害者が、水泳で自信を得て、プールで社会ともつながって明るさを取り戻しました。彼は公務員として社会復帰しています。そんな例をたくさん見てきて、被災者にもスポーツも勧めることで未来に一歩を踏み出してもらえまいかと」

 神戸市民を元気づけた生活再建プログラムが、現在では東日本大震災の復興活動にも活用されている。その原点が、桜井さんが長年携わってきた障害者の社会復帰プログラムだった。

 「パラリンピックは、未来への可能性を信じて一生懸命頑張ってきた世界中のアスリートが集う大会です。被災者はもちろん、たくさんの人々に選手の勇姿を見てもらいたいです」

 水泳の山田選手、トライアスロンの宇田秀生選手、パワーリフティングの山本恵理選手など、幾人もの桜井さんの教え子たち、神戸楽泳会出身選手が東京大会を目指している。

 「何のために『復興五輪』『復興パラ』とテーマが掲げられているか。それをみんなでもっと考えて、障害者スポーツの意義を再確認していければいいですね」 (作家・平山譲)

 

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