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【首都圏】

北島イズムよ もう一度 元明大ラグビー部監督ノンフィクション「紫紺の誇り」出版

「紫紺の誇り」を書いた安藤貴樹さん=東京都千代田区で

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 明治大学ラグビー部監督として六十七年にわたりチームを率い、一九九六年に九十五歳で死去した北島忠治さんの指導精神“北島イズム”に迫ったノンフィクション「紫紺の誇り」(ベースボール・マガジン社)が出版された。東京中日スポーツ記者などとして長年、北島さんを取材してきた著者の安藤貴樹さん(60)に話を聞いた。 (藤英樹)

 明大出身の安藤さんは執筆の動機を「北島先生亡き後、北島イズムが薄れていくのと、明治の低迷が重なって見えた。もう一度見直してほしいと思った」。文章の端々から明大ラグビーへの深い愛情が伝わる。

 明治といえば「前へ」「重戦車」がキーワードのフォワード重視。北島イズムとは何か。

 「僕にとって明治のラグビーとは、勝敗はあくまでも二義的なものであって、真の目的は自分たちのラグビーができたかどうかということだけなんだ」。北島さんの言葉を引き、「監督生活の中で、終始一貫、徹底されてきた気概」と安藤さんは書く。

 如実に表れたのが八六年の慶応との大学選手権決勝。冷たい雨の中、3点を追う明治は後半30分、南隆雄主将のペナルティーゴールで同点に追いつき、引き分けノーサイド。しかし、北島監督は静かな怒りを込めて漏らした。「あそこはスクラムだったんじゃないのか」

 「勝ったわけではないが、負けたわけでもない。だが、北島忠治、いや北島ラグビーは、それを潔しとしなかった」(同書)

 北島さん亡き後、明治は学生日本一から遠のく。理想主義ともいえる北島イズムが監督や選手の足かせになったのだろうか。謦咳(けいがい)に接した関係者も徐々に減っていった。

 昨年、二十二年ぶりに学生日本一に返り咲いた。同書で田中澄憲現監督は「僕の中に北島イズムはない」と明言する。OBからは「これからのラグビーは『前へ』だけでは勝てない」という声も。北島イズムはもはや過去のものなのか。

 「そんなことはない」と安藤さん。「昨年のW杯で世界の一流選手たちが、球を両手で持つとか、タックル後に素早く守りに入るとか、基本を忠実に守っていた。みんな北島先生の教えに通じる。北島イズムは全然古くない」

 

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