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【社会】

日英友情のトライ、奥克彦へ届け W杯招致に奔走「一緒に見たかった」

日本対イングランドの代表戦公式冊子にも、奥さんが顔写真入りで特集された

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 来年開催のラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会に向けて、日本代表がロンドン郊外でイングランド代表に挑んだ17日、この会場近くでもう一つの日英戦があった。早大、英オックスフォード大のラグビー部で活躍した外交官、故・奥克彦さん=死亡当時(45)=をしのぶ「奥記念杯」。W杯招致に尽力しながら、15年前の11月29日、イラクで凶弾に倒れたラガーマンに、仲間たちは「本番を一緒に見よう」と語りかけた。(ロンドン・阿部伸哉、写真も)

 晩秋のロンドンにめずらしく陽光が降り注ぐピッチ。やや腹の出た英議会関係者のチームも、在英日本人相手に大声を出しながら芝の上を転げ回った。

 「記念杯」は二〇〇五年から続く日英アマチュアの対戦。奥さんを英国留学時代から知る元英自民党の役員で、現在はラグビー用具メーカーを営むレッジ・クラークさん(60)の呼び掛けで始まった。

 クラークさんもオックスフォード大、神戸製鋼でならしたラガーマン。奥さんが〇一年にロンドンの日本大使館勤務となるとさらに意気投合し「ゴルフ、酒でも友情を深める」仲に。クラークさんは「彼の車のトランクにはいつも、泥だらけのラグビーシューズがあった」と思い出を語る。

 だが奥さんは〇三年十一月二十九日、復興支援のためロンドンからイラクへの長期出張中、同国北部で車で移動中に銃撃され、突然この世を去った。早大、外務省で同期の駐トルコ大使で、今年の「記念杯」に出場した宮島昭夫さんは「ラグビーがメジャーではないアジアでW杯をやるんだ」と語った奥さんを覚えている。

 ロンドン着任前の奥さんは東京でW杯招致に駆け回り、早大ラグビー部先輩の森喜朗首相(当時)を訪ね官邸にも足を運んだ。奥さんの存命中、日本はW杯招致を逃したが、ロンドン在住のラグビージャーナリスト、竹鼻智さんは「奥さんの英国人脈が、その後の招致活動に生きた」と話す。

 奥さんは一八三一年設立のロンドンの紳士クラブ「ギャリック・クラブ」で初の日本人会員となるなど、ラグビーを通じて英国の政財界に幅広い人脈を築いた。「ラグビー大国での人脈が、日本が苦手なロビー活動に大きな力となったはず」と竹鼻さんは分析する。

 「記念杯」とは別会場で八万人超を集めた日本対イングランドの代表戦でも、試合の公式冊子は奥さんの功績をたたえ、特集記事が組まれた。「彼がいたら、来年は組織委員会トップとしてぼくらを迎えてくれたはず」とクラークさん。日本でのW杯が近づくにつれ、立役者の記憶はますます強くよみがえっている。

「奥記念杯」に集まった日英のラガーマンたち。中央最前列でボールを持つのが奥さんの同期の宮島昭夫さん=ロンドン郊外のリッチモンドで

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