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【社会】

天皇誕生日 平成最後の会見 元長官「お言葉一つ一つに魂」

85歳の誕生日を前に記者会見に臨まれる天皇陛下=皇居・宮殿「石橋の間」で

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 天皇陛下の在位中最後の誕生日会見は、多くの国民と、身近で支えた皇后さまへの感謝の気持ちであふれていた。陛下は歴代天皇で初めて定例的に記者会見に臨まれ、ときにはビデオメッセージで直接、国民に語りかけた。その姿勢に、元側近らは、象徴天皇として「常に国民と共に」と発言してきた陛下の強い思いを感じている。 (荘加卓嗣、小松田健一)

 「よく『陛下の本音は』と聞かれるけど、会見やお言葉を注意深く読むと、言いたいことは相当程度、言っておられる」。一九九六年から二〇〇七年まで侍従長を務めた渡辺允(まこと)さん(82)が振り返る。

 宮内記者会から事前に届く質問は多岐にわたった。渡辺さんは「おっしゃりたいことだけをおっしゃればよく、全部にお答えになる必要はありません」と何回も助言したが、陛下は絶対にそうしなかった。「一つ一つ、これについてはこうとお答えになる。本当に律義なご性格だ」

 渡辺さんは「陛下にとって国民とは、日本をつくり上げている一人一人で、本気になってその一人一人と正面から向き合う」と話す。こうした陛下の真摯(しんし)な姿勢は、記者会見でも変わらなかったという。

 元宮内庁長官の羽毛田(はけた)信吾さん(76)は「会見は陛下のご活動や、お考えを国民に知ってもらう大切な機会だった」と語る。陛下は時事問題などを事務方に問い合わせたことはあるが、回答は自分で用意した。「精魂を込めて回答を書かれるので、相当なご負担だったのは間違いない。だが、陛下がそれを口にされたことは一度もなかった」

 記者会の質問数は、陛下が年齢を重ねるにつれ、負担軽減を目的に絞り込み、一五年から一問だけになった。それでも「一つ一つのお言葉に魂がこもっていて、問いの多少にかかわらず、陛下のお考えは伝わったのでは」と羽毛田さんは述懐する。

 学習院初等科から高等科にかけての学友、栄木(さかき)和男さん(85)は、退位の意向をにじませた一六年八月のビデオメッセージに、陛下らしい「合理的な考え方」を感じたという。

 陛下は、全身全霊で象徴天皇の務めを果たすことが難しくなったと語り、また、天皇自らが国民に、象徴の立場への理解を求めることの大切さにも言及していた。

 退位まで四カ月余り。「われわれが仕事を辞めるくらいの年齢で、陛下は天皇になった。三十年間、健康を保ち、よくおやりになった」

◆「歴史に思い刻んだ」ノンフィクション作家・保阪正康さん

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 誕生日の会見は、陛下が自らの心象風景をありのままに語り、人間性が表れていた。新しい天皇像をつくろうとした覚悟をあらためて感じた。その覚悟を披歴した時に自身の思い出が重なり、万感胸に迫るものがあったのではないか。

 「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵(あんど)」という発言は、天皇としての誇りと喜ばしい感情なのだろう。昭和の教訓を生かし、戦争の傷痕を克服して、戦争に縁遠い時代の天皇だったという自負を感じた。歴史に自分の思いを刻んだとも言える。

 また、増加する外国人労働者を社会の一員として温かく迎えるよう願ったことは、日本が国際的に開かれていかざるを得ない状況にある中で、天皇のナショナリズムと、インターナショナリズムの双方を踏まえて、融合、調和点をつくる考えがあるのだと思う。

 終身在位だった大正天皇や昭和天皇は、身を引くに際して、このような形で国民に直接語り掛ける機会はなかった。その意味でも、こうした記者会見を可能にした退位の実現は、意義があった。

 

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