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【社会】

<代替わり考 皇位継承のかたち>(1) 天皇陛下即位30年 退位、国民生活に思い

昭和天皇の武蔵野陵を参拝された天皇陛下=7日午前、東京都八王子市で

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 天皇陛下は七日、即位から三十年を迎えられた。昭和天皇の逝去から三十年の節目であり、天皇、皇后両陛下は昭和天皇の武蔵野陵(むさしののみささぎ)(東京都八王子市)で「山陵(さんりょう)の儀」に臨んだ。両陛下のほか秋篠宮ご夫妻ら皇族、安倍晋三首相ら三権の長や元側近ら八十人余りが参列した。退位まで残すところ四カ月を切り、明治以降、終身在位を前提としてきた皇位継承が転換期を迎える。今回の代替わりで何が変わり、何が変わらぬまま続くのか。皇位継承の形を考える。

 「天皇陛下から喪儀の見直しについて話をうかがったのは、香淳(こうじゅん)皇后の大喪が終わってからだった」

 一九九六年から十一年間、侍従長を務めた渡辺允(まこと)(82)は振り返る。香淳皇后の大喪は二〇〇〇年。宮内庁が両陛下の陵や喪儀の簡素化を公表したのは、渡辺を通じて見直しの検討に着手してから八年が過ぎた、一三年十一月だった。

 簡素化の骨子は、(1)両陛下の陵は昭和天皇と香淳皇后の兆域(ちょういき)(陵の墳塋(ふんえい)部と拝所(はいしょ)を含む区域)の八割程度とする(2)同一敷地内に寄り添うような形に配置(3)江戸時代初期からの土葬を火葬に改める−。

 陵予定地の武蔵陵(むさしりょう)墓地には既に大正、昭和の両天皇陵と両皇后陵がある。新たな陵を造る用地は残り少ない。「陛下は香淳皇后の陵の営建に相当な予算を要したことや、陵用地の減少なども案じられた。国民生活への影響を少ないものにしたいと考えられたのではないか」と渡辺は語る。

 陛下の思いは、三十年前の「平成の代替わり」の体験も無関係ではない。退位の意向をにじませた一六年八月のビデオメッセージで「天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、社会が停滞し、国民の暮らしにもさまざまな影響が及ぶことが懸念されます」と述べた。

 昭和天皇の病状が悪化したとき、社会は自粛ムードに覆われた。遺体を長期間安置して別れを惜しむ儀礼「殯(もがり)」の後、喪儀関連の行事が一年も続き、同時に新時代に関わる行事もあった。陛下はメッセージで皇族の負担にも触れ「避けることはできないものだろうか」との心境も吐露した。

 当時、代替わり儀式を取り仕切った元内閣官房副長官の石原信雄(92)は「陛下のご負担はたいへんだった。今回の退位によって、崩御と即位の儀式が分離できたことは大きい」と話す。

 ビデオメッセージより六年前の一〇年七月、陛下は宮内庁参与会議で、高齢化で象徴天皇の務めを果たせなくなった場合、退位したいとの考えを伝えていた。元宮内庁長官の羽毛田(はけた)信吾(76)は、退位の意向と陵・喪儀の簡素化の希望は「国民生活への影響を避けるということでは通底する」と指摘する。

 陛下は〇九年の結婚五十年の記者会見で、明治憲法で最高権力者だった天皇と現憲法の象徴天皇を比べ、象徴天皇の方が「長い歴史で見た場合、伝統的な天皇の在り方に沿うものと思う」と語った。

 哲学者の山折哲雄(87)は陛下の発言などから、こう推察する。「天皇の喪儀のあり方を全体的に薄葬にしてほしいとの陛下の問題提起は、明治よりも前の千年に及ぶ皇室の長い伝統を見すえたものであろう」 =敬称略

 (この連載は編集委員・吉原康和、阿部博行が担当します)

 

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