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【社会】

阪神大震災24年 亡き人思い 祈りの灯り

 揺れるともしびに手を合わせ、いとしい人に思いをはせた。阪神大震災から二十四年となった十七日。被災していない世代が増えても、あの日の記憶、人々の絆を「私たちの手でつないでいく」。固く胸に誓い、これからも歩み続ける。 

◆神戸・東遊園地「思い出さない日ない」

阪神大震災から24年を迎え、発生時刻に黙とうする子ども=神戸市中央区の東遊園地で

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 しんと冷えた空気に包まれ、犠牲者を悼む静かな時間が流れた。神戸市中央区の公園「東遊園地」。まだ薄暗い広場で、約五千本の竹灯籠の火が祈る人たちの表情を照らし出した。

 公園にあるガス灯「1・17希望の灯(あか)り」の火が約四十分かけて竹灯籠にともされ、発生時間の午前五時四十六分の時報に合わせ、広場に集まった市民らが黙とうした。

 「きっと向こうで仲良く暮らしているはず」。神戸市東灘区の三宅弥生さん(77)は竹灯籠を前に涙を流した。次男の真輔さん=当時(28)=を震災で亡くし、二〇一五年には夫が他界。「二人を思い出さない日はない」と話した。

 当時四歳だった次男を亡くした兵庫県芦屋市の宮原喜代子さん(58)は「地獄のような日々をついこの間のことのように覚えている」と話した。

 多くの遺族が祈りの時間を過ごす恒例の行事だが、竹灯籠を作るボランティアの高齢化もあり、今回は昨年より二千本少なかった。義理の姉を亡くした神戸市長田区の佐向七郎さん(77)は「孫が成長したら一緒にここに来て震災を伝えたい」と次世代への継承も見据えた。

 公園の一角には次々と花束が供えられた。地下の「瞑想(めいそう)空間」の壁には犠牲者計五千十二人の名前を刻んだ銘板が並び、遺族が肉親の名前に触れながら思いをはせた。

 長田区の無職志智キミ子さん(80)も夫の勉さんの名前を見つけて手を合わせた。「二十四年間でいろいろなことがあったよ」。震災以降、それまで夫婦で営んでいた喫茶店を一人で切り盛りしたが、数年前に閉店した。「足も悪くなり、いつまでここに来られるか分からない」と不安そうに話した。

◆長田区 105本のろうそくで追悼

阪神大震災から24年を迎え、犠牲者を追悼するろうそくに火をともす住民=17日午前5時7分、神戸市長田区の若松鷹取公園

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 木造住宅や商業施設が密集していた神戸市長田区では、火災が発生して甚大な被害が出た。同区の若松鷹取公園には約三十人が集まり、周辺で犠牲となった人数と同じ百五本のろうそくに火がともされた。

 「一緒に酒を飲みたかった」。同区の会社員林幸弘さん(55)は亡くなった父=当時(57)=への思いを募らせる。二十歳のころ、家族に反発して家を出た。震災発生直後、久しぶりに戻った家は倒壊し、がれきの下から父の声が聞こえた。「今助けるから」。しかし、一瞬で周りは火の海に。泣く泣くその場を立ち去った。「誰かの命を救うことにつながれば」と、フェイスブックなどを活用して体験を伝えるつもりだ。

 公園を訪れた同区の小学二年魚住海勝君(8つ)は、初めて黙とうをささげた。母延子さん(40)は「忘れてはいけないということを親子で感じようと思った」と話した。

 

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