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【社会】

西日本豪雨で水没・停電被害 まび記念病院再開 柱に3・3メートルの水位記録

まび記念病院のエントランスホールの柱には到達水位の約3.3メートルの位置に線(右上)が引かれた=1日、岡山県倉敷市真備地区で

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 西日本豪雨で被災し、患者らが孤立した岡山県倉敷市真備町川辺の「まび記念病院」が一日、約七カ月ぶりに業務を全面的に再開した。水没した一階部分の改修工事が終了し、臨床検査室やエックス線室などが復旧。災害を忘れないように、エントランスホールの柱には到達水位の約三・三メートルの位置に線が引かれた。

 午前九時の診察前から病院の受付前に患者らが並んだ。自宅が浸水被害を受け、みなし仮設住宅に住む三宅孝子さん(67)はエックス線撮影に訪れた。「いずれ真備に家を建てて戻ってくるつもり。地域に病院があると心強い。全面再開はうれしい」と話した。

 看護副部長の渡辺広美さん(59)は診察が終わった人たちに地元特産のスイートピーを手渡し「お大事になさってください」と声を掛けていた。

 昨年七月の豪雨で一階にあった非常用電源が使えなくなり停電。患者や避難した住民ら約三百四十人であふれ、ヘリコプターやボートで救助された。病院の機能を維持しようと、被災数日後から玄関で薬の受け渡しを始めた。移動診療車や仮設施設で診察を続け、昨年九月からは二階の会議室や理事長室を開放して患者を受け入れていた。

 被災前は一日約三百人が受診していたが昨年七〜八月には五十人程度にまで減少。現状は二百人近くまで戻った。全面再開に伴い、より専門的なリハビリができる職員を採用し、治療の優先順位を決めるトリアージの担当者を置いた。

 被災を教訓に非常用電源は二階に上げ、緊急時に備えた事業継続計画の策定を急ぐ。村上和春理事長(67)は「住民の方々から復興への力をもらった。災害を糧に、より地域のニーズに合った病院にしていきたい」と意気込んでいる。

 

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