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【社会】

<にっぽんルポ>群馬・南牧 消えゆく村 ともる光

高齢化率日本一の群馬県南牧村に移り住んだ田中陽可さん。自然農法の野菜作りに取り組み、「この村にはチャンスがある」と話す

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 静かな村だ。

 聞こえるのは、清流のせせらぎや小鳥のさえずり。川沿いに並ぶ家屋は障子が破れ、人の気配を感じない。たまに走り過ぎる車には、もみじマーク。通りには子どもの姿を見かけない。

 面積の九割を山林が占める群馬県南牧(なんもく)村。二〇一四年に民間シンクタンクから「全国で最も消滅可能性が高い」と名指しされた村だ。人口千八百六十六人(一月末現在)のうち、六十五歳以上の割合は62%に達する。

 役場に近い磐戸地区で、つえを突いた茂木時雄さん(76)と出会った。脳梗塞を患い右半身が不自由だが、今も車を操る。「ハンドルを改造して、片手で運転できるようにしたんさ。でも、二十分離れた村外のスーパーへ往復するだけで、その日はぐっすりだ」

 妻のカツミさん(73)が「若い人と話すのは、めったにないから」と四十一歳の記者を自宅に招いてくれた。「子どもなんて、ずいぶん見てないよ」。一八年度に入り、村の新生児は二人だけ。村唯一の診療所も十年以上前になくなった。「それでもやっぱ、ここがいいんさ」。カツミさんがお茶をすする。

 傾斜地を生かしたコンニャクイモの栽培や養蚕で栄えた村は、一九五五年には人口一万人を超えていた。その後は品種改良や価格競争の波にのまれ産業が衰退し、人口流出が続く。

 高齢化率日本一の村の姿は、日本の将来像にも重なる。ただ、三年前に村へ移住し、野菜作りに励む田中陽可(ようか)さん(28)は「幸齢化率日本一の村」と呼ぶ。「限界集落と呼ばれる村から、世界を変えるチャンスがある」。老いゆく村を支えようとする人々を見つめた。

◆職を生み 暮らしを守る

人影がほとんどない群馬県南牧村。しばらく歩き、つえを突いて上り坂を歩く高齢の女性とすれ違った=群馬県南牧村で

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◇耕作 住民に教わり

 鉄道も国道もコンビニもない群馬県南牧村で、役場から北へ五キロ向かうと、山あいに広がる畑に立派なダイコンやホウレンソウが育っていた。畑の主は、東京・渋谷生まれの田中陽可さんだ。

 「この村は『宝の山』ですよ。おいしい野菜が栽培できる畑が放置されてるから」。耕作放棄地を無償で借り、五十種以上の野菜を栽培する。荒れ放題の畑は化学肥料が抜けきり、農薬を使わない自然農法に適している。

 国連難民高等弁務官だった緒方貞子さんにあこがれ、高校卒業後に米国へ留学。大学で少子高齢化が進む日本が紹介され、南牧村が取り上げられた。帰国して都内で通訳や翻訳の仕事をこなす中、村が地域おこし協力隊を募集していると知り、迷わず参加した。

 よそ者扱いされて戸惑ったことは「まったくない」という。畑を無償で貸してくれた村民からは「使ってもらってありがてーや」と言葉を掛けられた。「農業をずっとやってきたおじいちゃんやおばあちゃんは、おいしい野菜をつくるノウハウを蓄積している。それをただで教えてくれる」

 村が月一万円で貸し出す空き家に住み、収穫した野菜は村民にふるまう。「この村では一人一人が助け合っているから、悲愴(ひそう)感がないんです。共感できる仲間を増やして、耕作放棄地をどんどん開拓していきたい」

 農作業を体験したい海外の若者を受け入れ、収益の一部は飢餓に苦しむ発展途上国の寄付に回している。村に根を張りながら、世界とつながっている。

◇販売1人のために

 大音量で演歌を流したトラックが、村の農道を走る。隣接する下仁田町から安藤裕(ゆたか)さん(67)、さき子さん(64)夫妻が食品を届けに来た合図だ。「移動スーパー」に積み込んだ商品は四百種類以上。肉や魚に総菜、菓子類もそろう。

 「きょうはタラもイワシも、いいのがあるよ」。一人一人の好みが頭に入っている安藤さんが、住民の工藤よね子さん(84)に話しかける。この集落でただ一人のお客さん。「足腰が弱くなってね。ありがたいことだよ」。工藤さんが感謝しながら、車輪付きの買い物かごをいっぱいにした。

 夫妻が移動販売を始めたのは一九八四年。結婚式場の営業マンだった安藤さんが、盛況だった村への移動販売に目を付けて商売替えをした。トラックは八台目。走行距離は計百三十万キロを超え、地球を三十二周回った計算だ。

 かつて十二台の移動販売車が村を走っていたが、今では安藤さんを含む二業者に。「『オレん家(ち)一人のためにわりいな』と言われるのが励み」とさき子さん。訪れる集落は四十五カ所から三十カ所に減ったが、お年寄りの客を見守る役も担っている。

 「本当は週末にやっている仕出しの仕事の方がもうかるんだ」と打ち明ける安藤さん。二〇一四年に糖尿病で入院し、初めて約五十日間も移動販売を休業した。翌年一月に復帰すると、村民が「心配したぞ」「元気になったか」と涙を流して出迎えてくれた。「その光景が忘れられなくて。生きている限りはずっと村を回るつもりだ」

◆少子高齢化最前線 温もりがつなぐ

68年ぶりに秘湯を復活させた経緯を振り返る米田優さん(右)

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◇秘湯 68年ぶり復活

 長野県境にあり、七十〜八十代ばかりが暮らす星尾地区に昨年九月、かつて住民に親しまれた秘湯が六十八年ぶりに復活した。

 立役者は、村の自然に魅了されて千葉県から移住し、〇七年から民宿を営む米田優さん(71)。「村民の多くは『俺たちの時代で村は終わり』という。集落を維持する成功例をつくりたかった」

 インターネット上での募金活動などで集めた約三百万円を元手に、築二百年の古民家を改修。鉄分が豊富に含まれた温泉には、少しずつ利用客が訪れている。「若者の働く場がなければ、つくればいい」。湯船を満たす黄金色の湯には、消えゆく村を存続させたい思いが込められている。

 行政も模索を続けている。「村全体が限界集落。あらゆる手を打たないといけない」。長谷川最定(さいじょう)村長(65)が話す。村職員時代から空き家の貸し出しなど移住者受け入れに力を入れ、村長就任後は高齢者施設などをつくり、新規雇用の受け皿にしようとした。

 それでも毎年数十人の村民が亡くなる一方、新住民は十人に届くかどうか。二十九人が学ぶ村唯一の小学校は昨年、初めて卒業式が開けなかった。

 地域のつながりを維持するため村は、花見などの行事に補助金を出す「集落支援事業」を始めた。今後は高齢で車の運転をやめる村民のため、群馬大と自動運転の実験を行うことを検討している。各集落に一台ずつ置いて共同利用する構想を描く。「子育て世帯が毎年二・五世帯増えれば、二十年後には人口九百人ぐらいで下げ止まり、高齢化率も40%台に収まる」と村長はもくろむ。

 いずれ日本の多くの自治体が直面する超・少子高齢化時代。南牧村は、その最前線で闘っている。

 (文・神野光伸/写真・池田まみ、神野光伸)

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