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【社会】

手塚治虫さんが事件記者に贈った直筆画 警視庁クラブ保管 豊島区に寄贈・公開検討

トキワ荘解体時に取り外され、手塚治虫さんが若手記者に贈った天井板。「リボンの騎士」のキャラクターと、自身の姿が描かれている

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 手塚治虫さん(一九二八〜八九年)ら多くの著名漫画家が暮らした東京都豊島区のアパート「トキワ荘」。手塚さんが若き日の自身の姿を描き込み、八二年の解体時に取り外された天井板が、警視庁の記者クラブに眠っている。当時の若手記者に贈られ、“お宝”として保管されてきた。昭和、平成の時代を経て、二〇二〇年に豊島区が開設するトキワ荘の復元施設での公開が検討されている。

 天井板は横三十センチ、縦九十センチほどで、手塚さんの代表作の一つ「リボンの騎士」のキャラクターと、裸電球の下で漫画作りに励む自身の姿が描かれている。日付は八二年十二月一日。「五方面記者クラブのみなさんへ」と書き添えられている。

 同記者クラブは池袋署にあり、豊島区周辺を担当する若手記者の取材拠点。当時所属していた元読売新聞編集委員の小出重幸さん(67)によると、各社の記者数人で取材帰りにラーメン屋に寄った後、近くのトキワ荘をのぞいてみると、取り壊しが始まっていた。有名漫画家が青春時代を過ごした「聖地」の取り壊しは大ニュース。コメントを取るため、日本を代表する漫画家だった手塚さんに電話をかけた。

 姿を見せた手塚さんは「記念に天井板を持って帰る」と自室だった二階の部屋へ。机を置いていた場所の真上の天井板を数枚外した。机のそばに置いた電熱こんろで煮炊きしながら執筆していたという手塚さん。煙がしみこんだ板には「当時の思いと生活がこもっている」と感慨深げだった。

 そのうち一枚に即席で絵を描いてもらった。小出さんは「五方面記者クラブは若手記者が集まって修業する場だと説明したら、『トキワ荘みたいなものだね』と言ってくれた」と振り返る。

 その後、天井板は記者の間で受け継がれてきた。現在は警視庁の別の記者クラブに保管され、近く豊島区に寄贈される予定だ。区は復元施設で展示したいとしており、担当者は「トキワ荘への思いが感じられる大変貴重な資料だ」と話している。

<トキワ荘> 東京都豊島区にあった一室4畳半の木造2階建てアパート。1953年に「鉄腕アトム」などで知られる手塚治虫さんが入居したのをきっかけに、「ドラえもん」の藤子・F・不二雄さん、「天才バカボン」の赤塚不二夫さんら多くの漫画家が暮らし、ヒット作を生み出した。82年に老朽化のため解体された。豊島区は跡地に近い公園に復元施設を建設中。当時の居室や炊事場を再現するほか、漫画関連の資料なども展示する。

 

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