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【社会】

キーンさん、地域に溶け込んだ「先生」 東京・北区 住民の声

行きつけの美容室「ダブル」で、榎本武司さんに髪を切ってもらうドナルド・キーンさん=2013年、東京都北区で

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 二十四日に死去したドナルド・キーンさんは四十年以上にわたり、東京都北区で暮らしていた。飾らない素顔に接してきた地元の人たちは、地域を愛し、溶け込んでいた「先生」に思いをはせた。

 「まさに少年でした」。キーンさんが十年ほど前から通った美容室「ダブル」(北区西ケ原)のオーナー榎本武司さん(52)が振り返った。伊勢神宮(三重県伊勢市)の社殿を建て替える式年遷宮(せんぐう)の行事に参加した話など、日本の文化や伝統を愛情いっぱいに話す姿に「良い物は良いと、感じることに素直。穏やかで全く気取らない」と感じ、特別扱いせず、他のお客と同じように接してきた。散髪風景の写真が、キーンさんの寄稿とともに新聞や雑誌を飾ったこともある。

 東日本大震災後に日本国籍を取得したことも、直接聞いた。キーンさんは「手続きに時間がかかったよ」と、ほっとした様子だったという。榎本さんは「地元に住む外国人はみな東京から避難した中で、すごいと思った。先生の心は、ここにあると感じた」。二十四日は店を開く前に、スタッフ全員で黙とうした。「百歳…、もっと生きてほしかった」

 キーンさんが買い物をしていた、地元の霜降(しもふり)銀座商店街。タクシーなどを使わず、養子の誠己(せいき)さんと一緒に散歩する姿がよく見られた。靴店「パリーシューズ」(北区西ケ原)の中村歌子さん(61)は「いつも先生から声をかけてもらった。腰の低い人。地元の秋祭りでは、みこしの様子などをのぞいていて、祭り好きだった」と振り返った。

 区立中央図書館(北区十条台)を拠点に活動する「ドナルド・キーン研究会」では、キーンさんに関するパネル展や読書会を開いてきた。代表の岩佐真貴(まき)部長(68)は「ウイットに富んだ冗談でよく笑わせてくれた。一日でも長く、私たちのそばにいてほしかった」としのんだ。

  (中村真暁)

 

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