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【社会】

ドナルド・キーンさん死去 96歳 世界に日本文学紹介

笑顔を見せるドナルド・キーンさん=2017年12月31日、東京都北区で

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 日本文学研究の世界的権威で二〇〇八年に文化勲章を受章した米コロンビア大名誉教授のドナルド・キーンさんが二十四日、心不全のため東京都台東区の病院で死去した。九十六歳。ニューヨーク出身。葬儀・告別式は親族のみで行い、後日、お別れの会を開く。喪主は養子キーン誠己(せいき)さん。

 貿易商の家に生まれた。両親の離婚で経済的に苦しい中、学業優秀で飛び級を重ね、一九三八年に十六歳で奨学生としてコロンビア大に入学。十八歳の時に読んだ英訳版「源氏物語」の「繊細な美の世界」に感動し、日本文学に傾倒した。

 太平洋戦争開戦の翌四二年、米海軍日本語学校に入学。四三年に語学士官として従軍し、北太平洋のアッツ島で日本軍最初の玉砕を見て衝撃を受けた。日本人捕虜の尋問や日本軍の文書の翻訳などを担当。四五年、沖縄上陸作戦に参加した。

 戦後、日本文学研究に専念。英ケンブリッジ大留学後、五三年に奨学金で京都大大学院に留学し、古典を研究した。その一方で作家の谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫、安部公房らと親交を結んだ。英訳した日本文学は、兼好法師の「徒然草」、松尾芭蕉の「おくの細道」などの古典から、永井荷風の「すみだ川」、三島の「宴のあと」、安部の「棒になった男」といった近現代作品まで幅広い。

 日本文学を海外に紹介し、太平洋戦争で国際的に孤立した日本のイメージアップに貢献した。キーンさん編集の「日本文学選集」は、多くの国で日本文学の教科書。六〇年に教授に就任したコロンビア大では、多くの後進も育成。英訳された日本文学の六割はキーンさんとその教え子の「キーン・ファミリー」による。

 日本での著作も数多く、平安時代から江戸時代までの日記文学をまとめた「百代の過客」や、太平洋戦争前後に高見順らが書いた日記を研究した「日本人の戦争」が有名。変革期に生きた足利義政や明治天皇らの評伝も書いた。伝統芸能にも精通し、谷崎らの前で狂言を演じたこともある。

 七四年には東京都北区に居を構え、ニューヨークと東京で二重生活を始めた。東日本大震災をきっかけに日本国籍取得を決意。一二年三月、日本人に。漢字の通称名は「鬼怒鳴門(キーン・ドナルド)」。その後も精力的に研究を続け、正岡子規や石川啄木の評伝を出版。菊池寛賞、山片蟠桃(ばんとう)賞、日本文学大賞、全米文芸評論家賞など受賞歴は多数。一二年十月から本紙で「東京下町日記」を連載していた。

 

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