東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社会 > 紙面から > 2月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【社会】

沖縄2紙編集局長 県民投票で寄稿

 「辺野古(へのこ)新基地反対」が投票資格者の四分の一を超えた、二十四日の沖縄県民投票。あらためて示された民意とそれが問い掛けるものなどについて、地元二紙の編集局長に寄稿してもらった。 

写真

◆沖縄タイムス・与那嶺一枝氏 次は政府、本土が答えを

 「分かるよねえ?」

 沖縄でブレークしている沖縄民謡の架空の大御所、護得久栄昇(ごえくえいしょう)の決めぜりふだ。お笑いコンビ「ハンサム」の一人が着物に角刈りのかつら、太い眉で彼に扮(ふん)する。辺野古の新基地建設に必要な埋め立ての賛否を問う県民投票の投票日を「分かるよねえ?」と押しつけがましく問う。沖縄県が宣伝役に起用した。

 別のお笑いコンビ「ありんくりん」は、かつて日本復帰運動で歌われ、現在は新基地建設に反対する市民が歌う「沖縄を返せ」をネタに取り入れ、観客を爆笑させた。昨年、地元テレビのお笑いバトルで敗者復活戦から勝ち上がり、優勝をかっさらった。

 演劇集団FECのコント「お笑い米軍基地」は二〇〇五年の初演からシリーズ化し、人気が定着している。しかし、県外出身者は「笑っていいのか?」と戸惑うらしい。複数人からそう聞いた。

 県内では米軍機はほぼ年に一回は墜落するし、女性への暴行事件も後を絶たない。普天間(ふてんま)飛行場や嘉手納(かでな)基地の爆音問題もある。確かに、全く笑えない。だが、広大な米軍基地が戦後七十三年も居座れば、政治の「語り」だけでは、とても言い尽くせない。

 毎年のように数万人規模で開かれる辺野古新基地建設反対の県民集会での語り、お笑いのネタとしての語りもある。そして、今回は直球勝負で挑んだ。

 県民投票には、紆余曲折(うよきょくせつ)があった。全市町村で実施が決まったのは告示のわずか二週間前だ。

 保守系五市の市議会が県民投票に伴う予算案を否決。市長は議会を尊重し、当初は実施しないと言っていた。玉城(たまき)デニー知事が出向いても市長たちは首を縦に振らなかった。

 膠着(こうちゃく)状態が大きく動きだしたのは、条例制定を求めて署名活動をしてきた「『辺野古』県民投票の会」代表の元山仁士郎(じんしろう)さん(27)がハンガーストライキを一人で始めたころからだ。市民は投票権を求めて署名をしたり、役所に抗議の電話をしたりした。

 投票権を求める民意の大きさに押された格好で自民党県連の照屋守之会長(当時)ら自民の一部県議が、三択に選択肢を広げた県民投票条例改正案では賛成に回った。実施過程においても市民と政治家がきっちりと民主主義を機能させたのだ。

 沖縄の戦後史が題材で先日直木賞を受賞した「宝島」が県内で共感をもって読まれ、書店では売り切れが続出した。作者の真藤順丈(しんどうじゅんじょう)さん(41)=東京生まれ=はインタビューでこう話している。

 「沖縄の人たちが、日本の民主主義を何度も救ってきた。県民投票の結果を受けて動くのはわれわれだと思う」

 今回は、投票率と大多数を占めた辺野古埋め立て「反対」の得票がどれだけ伸びるかに注目が集まったが、沖縄は答えを出した。

 県民投票とともに、最近では埋め立て海域の「マヨネーズ状」軟弱地盤改良工事が大規模な難工事で長期化し、総事業費は膨大(県試算では二兆五千五百億円)になるとの見立てが現実味を帯びて語られるようになった。

 菅義偉官房長官が判断したように、このまま工事を進めていいのか。今度は日本政府、ひいては本土の人たちが答えを出す番だろう。

<よなみね・かずえ> 1965年沖縄県西原町生まれ。琉球大卒。90年沖縄タイムス社入社。社会部、政経部などを経て2015年編集局次長、18年から現職。

写真

◆琉球新報・普久原均氏 民意 他県同様尊重して

 普天間飛行場の辺野古移設計画は曲折を経たが、現在の計画になったのは二〇〇六年の在日米軍再編に関する日米合意でのことだ。

 この日米交渉をめぐり、沖縄県以外ではほとんど知られていない事実がある。在沖縄米海兵隊について、米側が九州や北海道などへの移転を提案していたことだ。これは当時の在日米大使館安全保障部長で、交渉の実務責任者の一人だったケビン・メア氏が講演で明らかにした事実である。

 〇四〜六年の間、防衛庁(当時)担当として日米交渉を取材していた筆者は当時、別の筋からその情報を得ていた。そこで、なぜ沖縄県外移設を検討しないのか防衛庁首脳に尋ねた。

 今もはっきり覚えている。首脳の答えはこうだった。「本土はどこも反対決議の山だ。どこに受け入れるところがあるか」

 だが実際は当時、海兵隊移設への反対決議をしていたのは沖縄の市町村議会だけだった。そもそも米側の打診を政府が明かしていないのだから、他県では知る由もない。

 本土では移転打診のはるか手前で、いずれ生じるであろう「民意」をくんで退けるのに、沖縄の反対決議は現にどれほど存在しても押し付ける。筆者は当時、これを「ダブルスタンダード」(二重基準)と書いた。

 もちろん民意をおもんぱかるのが不適切というわけではない。政府とはそうあるべきである。問題は、民意をくまなくてよい存在として特定の地域を位置付けることだ。

 位置付けは今も変わらない。むしろ先鋭化しているように見える。一四年、一八年の沖縄県知事選で辺野古新基地反対を公約した候補が相次いで大差で当選しても、政府は新基地建設を強行し、辺野古の海への土砂投入まで始めた。まるで沖縄には民主主義を適用しないと宣言するかのようだ。

 沖縄では戦後、米軍の戦闘機が小学校に墜落して児童多数が死亡し、赤信号を無視した米兵の車に中学生がひき殺されても「太陽がまぶしくて信号がよく見えなかった」という理由で無罪になった。米軍による辛酸をどこよりもなめた地域である。そんな地域が拒み続けているのに、政府は新たな基地を押し付けている。沖縄以外ではまず不可能であろう。

 県民投票で問われていたのは、沖縄が今後もこの位置付けを甘受するか否かだった。沖縄が政府の決定に従うだけの存在か、自己決定権と人権を持つ存在なのかを問う。そんな色彩を帯びていた。

 その県民投票をめぐり、政府は「結果にかかわらず工事は進める」と公言した。選挙で民意を問うことを許さない地域を国内に設けている。そんな意思を国際社会にはっきりさらしたのではないか。

 投票は埋め立て反対が有権者の四分の一を超えた。条例は結果の尊重義務を知事に課す。だが民主主義国である以上、その義務を負うべきは政府ではないか。他県と同じ程度に民意を尊重してほしい。移設計画の推移に照らせば、沖縄側の要求はそんなささやかな望みにすぎない。

 日本が人権と民主主義をあまねく保障する国であるのか、特定の地域には保障しない国なのか。県民投票が問いかけたのはそのことでもある。

<ふくはら・ひとし> 1965年沖縄県沖縄市生まれ。早稲田大卒。88年琉球新報社入社。報道本部長、論説副委員長を経て2016年から現職。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報