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【社会】

市民の「戦車闘争」伝えたい ベトナム戦争時、米軍修理車両の搬出阻止

相模総合補給廠周辺で取材する小池さん=同市中央区で

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 ベトナム戦争中の一九七二年、在日米軍基地「相模総合補給廠(しょう)」(相模原市中央区)で修理された米軍戦車の輸送を市民が阻止した「戦車闘争」のドキュメンタリー映画を作ろうと、同市の映画プロデューサーの男性が当時の資料や体験者の証言を募っている。男性は「あらためて市民運動とは何か、私たちに何ができるかを考えてもらう映画にしたい」と話している。 (井上靖史)

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 この男性は、山梨県出身で大学時代から相模原市に住む小池和洋さん(44)。これまでJリーグ三部の地元プロサッカークラブで働く用具係の奮闘を描いた『ホペイロの憂鬱(ゆううつ)』などを映画化してきた。地元の歴史を取材するうちに「戦車闘争」の存在を知った。

 ベトナム戦争が激化する中、故障した米軍戦車や兵員輸送車が補給廠で修理され、横浜市神奈川区の港から船で搬出されていた。「戦車闘争」が起きたのは七二年八月、舞台は港近くの村雨(むらさめ)橋。当時の飛鳥田一雄(あすかたいちお)・横浜市長(故人)が、同橋の重量制限を理由に輸送に反対。市民の人垣が、補給廠から港に向かう戦車を足止めした。補給廠の正門近くでもテント村が設けられ、デモ行進などを展開。反対運動は約百日間に及んだ。

 この運動をきっかけに補給廠からは戦車などの修理施設は撤去された。その後も一部返還など基地の機能は縮小。半面、昨年十月、ミサイル防衛部隊を指揮する司令部が新たに駐留を始めるなど依然、世界の紛争と結び付いている。

 「戦車闘争」は、沖縄県名護市辺野古(へのこ)の米軍キャンプ・シュワブのゲート前で連日、辺野古新基地建設に反対する人たちと重なる。一方、米軍の輸送機オスプレイの横田基地(東京都福生市など)配備などへの反対運動は広がりを欠く。

 映画は今年夏ごろの完成を目指している。

戦車を修理していたベトナム戦争当時の相模総合補給廠。反対派を警戒し、門の前には警備に当たる多くの人が配置されている=相模原市所蔵、提供

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 小池さんは「ベトナム戦争当時の市民は、とにかく行動した。世の中に声を上げることが少ない今の時代に、市民運動の典型とも言える出来事を通じて市民にできることを考えてもらえたら」と意義を強調。当時、基地近くの商店街では反対運動を迷惑がる人もいたとされており、「賛同しなかった人も含めて当時の貴重な証言。連絡がほしい」と協力を呼び掛けている。

 情報提供や問い合わせは小池さんのメールアドレス=crown732000@yahoo.co.jp=へ。

 

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