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【社会】

<東日本大震災8年>リアス線23日開通 三陸鉄道ダイヤ担当、復興へ地域の足守る

リアス線のダイヤを手に復興への思いを語る及川修さん=岩手県宮古市で

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 岩手県沿岸を走る三陸鉄道は二十三日、最北の久慈駅(久慈市)から南端の盛(さかり)駅(大船渡市)までの百六十三キロを結ぶ「リアス線」が開通する。東日本大震災での壊滅的な被害から八年。震災前から今回の新線までダイヤ作成を担い続ける及川修さん(64)=山田町=は「うれしいのと、不安なのとが半分ずつですかね」と話す。 (井本拓志)

 二〇一一年三月十一日、及川さんは宮古市の本社内でダイヤ関連の仕事をしていたところ、大地震に襲われた。必死に机につかまって揺れに耐え、自ら記したダイヤを広げた。午後二時四十六分の列車の場所に赤鉛筆で印を付け、最寄りの無線基地局を確認し、連絡を取った。

 「列車は大丈夫か」。運転士からけが人もなく、津波も来ない高台だと聞き、ひと安心したのもつかの間、窓の向こうに真っ黒な津波が見えた。他の社員とともに橋の上に逃げた。

 翌日、駅舎や線路があちこちで流失したり大破したりするのを確認。途方に暮れた。しかし、被災者は「地域の足」である三鉄を必要としていた。「動かせる区間から動かす」と当時の社長の方針で、県北部を走る北リアス線の北端の三駅を往復するダイヤを組み、三月十六日に無料運行を開始した。

 各地で復旧の見通しが立つたびに、手作業でダイヤを書き直した。北リアス線と、南部を走る南リアス線の全線の運行が再開した一四年四月まで計十回。復旧区間が延びるにつれ、表に書き込む線が増えていく。「やっとここまで来たかと、わくわくした」

 その後、北リアス線南端の宮古駅(宮古市)と、南リアス線北端の釜石駅(釜石市)を結び、震災で不通のままだったJR山田線が三鉄に移管されることが決まった。復旧作業が完了し、今月から一本の「リアス線」として出発する。

 旧山田線は、朝の通学時間帯に二本しか列車がなく、地元の高校生が不便を強いられている姿を、及川さんは目の当たりにしてきた。ローカル線でできることに限りはあるが、新ダイヤでは三本に増やし、沿線の高校の始業時間にも合わせる気配りをみせた。

 沿線は更地が目立つが、少しずつ人が戻っていることも実感する。「三鉄が動くことで人が集まり、店ができ、活気が戻れば、これほどうれしいことはない」

リアス線になるJR山田線の試運転車両=1月28日、同県山田町の陸中山田駅で

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