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【社会】

吉川英治記念館 ファン惜別 20日、42年の歴史に幕

吉川英治が暮らしていた母屋=東京都青梅市で

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 「宮本武蔵」「三国志」などの作品で国民的作家となった吉川英治(一八九二〜一九六二年)が戦中・戦後を過ごした東京都青梅市の自宅跡にある「吉川英治記念館」が二十日、四十二年の歴史に幕を閉じる。閉館前に貴重な資料を一目見ようと連日、来館者でにぎわっている。 (服部展和)

 吉川は横浜市で生まれ、約二百四十の作品を残した。大衆に寄り添いながら文学へと高めた作風は幅広い層の支持を集めた。

 生涯で約三十回転居し、一九四四年に東京都港区から疎開して住んだのが青梅市。五三年に品川区へ移るまで九年五カ月を過ごした。一カ所で暮らした期間として最も長く、終戦を機に断筆した二年間は地元の人たちと交流を深めた。

 記念館は吉川没後の七七年三月、自宅跡に公益財団法人吉川英治国民文化振興会が開設した。来館者はピーク時に年十七万人を超えたが、バブル崩壊を境に十分の一以下にまで減少。徐々に運営が難しくなり、六年前から開館期間を短縮していた。館によると、ファンの高齢化に加え、周辺の梅の名所「吉野梅郷」の梅がウイルス感染被害で軒並み伐採されたことも影響した。

 敷地は約五千平方メートルで、母屋と洋風建築の離れ、展示室、庭園などがある。吉川の直筆原稿や書画、蔵書、写真などの資料約二万点を所蔵し、うち三百点を展示している。来館した国分寺市の元教員新保邦明さん(67)は「静かな雰囲気が好きだった」と閉館を残念がった。友人と初めて訪れた青梅市の高校三年小野遥花(はるか)さん(18)は「最後に来たかった」と熱心に資料を見ていた。

 青梅市は振興会から記念館の寄付を受けることを検討中。市はいずれ記念館を再開したい考えだが、今のところ具体的な見通しは立っていない。

 十八日は休館。入館料は大人五百円、学生四百円、小学生三百円。問い合わせは同館=電0428(76)1575=へ。

画家の川合玉堂親子と自宅の庭でくつろぐ吉川英治(右)=吉川英治記念館提供

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