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【社会】

<東日本大震災8年>じじい部隊 6年間ありがとう 避難指示の大熊町で見回り 月末解散

「じじい部隊」の(左から)杉内憲成さん、横山常光さん、鈴木久友さん、中島孝一さん、岡田範常さん、加井孝之さん=福島県大熊町で(鈴木さん提供)

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 東京電力福島第一原発が立地し、住民に避難指示が出ている福島県大熊町で、臨時職員として町内に駐在した平均年齢六五・六歳の六人が今月末、一斉に退職する。「じじい部隊」を名乗り、六年間、避難が続く町内の見回りなどに当たっていたが、今春に避難指示が一部で解除されることに合わせて解散を決めた。リーダーの鈴木久友さん(66)は「部隊は解散するが、これからも町の復興を応援したい」と話す。 (天田優里)

 ほかの五人は、杉内憲成(けんせい)さん(67)、横山常光さん(66)、中島孝一さん(66)、岡田範常さん(66)、加井孝之さん(63)。

 大熊町の山奥に広がる坂下ダムの目の前に、六人の活動拠点「大熊町役場現地連絡事務所」がある。駐車場には軽トラックが置かれ、荷台には草刈り機やチェーンソーなどの機材が積まれている。車の修理から草刈りまで「町民の困り事」を解決するため、月二回の全員ミーティング以外は二〜三人のローテーションで毎日業務に当たってきた。

 震災当時、総務課長だった鈴木さんが部隊を編成したのは、定年退職した翌月の二〇一三年四月。前年に帰還困難区域以外の一時立ち入りが自由になったことから「被ばくリスクを冒して見回り業務をするなら、老い先短いわれわれが町内に駐在しよう」と提案して結成した。

 当初は町職員OBら四人だったが、土日祝日を含む対応が必要だったため、つてを頼って二人増員した。自分たちを「じじい」と呼ぶのは「無理せずのんびりやろう」という戒めから。足腰などに体力の衰えを感じつつも、復興業務の最前線で町民のために汗を流してきた。

 引き際は決めていた。「役場の本体が戻るときに、解散しよう」。完成した新庁舎で町役場の業務が五月から始まるため、一八年度末の今月三十一日に一斉退職することにした。

 しかし、町の復興は道半ば。避難指示の一部解除で、六月に町民約二百人が戻るが、町には帰還困難区域や除染された土壌を保管する中間貯蔵施設用地がある。鈴木さんの自宅も施設用地に該当するが、国との用地交渉には応じていない。「大熊は中間貯蔵施設を引き受けたのに。町内に除染時期が決まっていない場所があるのはおかしい。唯一やり残した仕事だ」

 それでも、鈴木さんは「役目は終わった」と納得した表情を浮かべる。町民から贈られた感謝の手紙や色紙が宝物だ。そして六年間をともに乗り越えた隊員とは「以心伝心のきずなができた」。町は必ず復興する−。その思いを胸に、解散の日を迎える。

 

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