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【社会】

それでも故郷へ 福島・大熊町 避難指示一部解除

畑の手入れを続ける新妻茂さん。自宅庭にはスイセンやダイコンの花が咲いていた=福島県大熊町で

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 東京電力福島第一原発事故で全町避難を強いられた福島県大熊町で10日午前0時、町西部の大川原(おおがわら)、中屋敷(ちゅうやしき)の2地区の避難指示が解除された。第一原発がある大熊、双葉の2町での避難指示解除は初めて。ただ日用品を買える店や医療機関はなく、生活環境は整っていない。町の中心部は帰還困難区域のままで、復興の道のりは長く険しい。それでも帰還を選択する人もいる。 (松尾博史)

◆69歳男性家族と離れ店、病院もなく

 「やっぱり生まれ育ったとこは落ち着くなあ」。大川原地区の畑で新妻茂さん(69)が花を植えながら、うれしそうに話した。同地区内の町役場新庁舎近くで建設が進む復興住宅に、六月の入居が決まっている。

 同地区で生まれ育ち、兼業農家でコメを作っていた。震災後に自宅を取り壊したが、そばの畑で二〇一四年秋ごろから菜の花やレンゲソウの栽培を始めた。除染で表面がはぎ取られた畑に栄養分を戻すためで、二、三日に一度、避難先の茨城県高萩市から一時間以上かけて車で通い続けている。

 「トマト、キュウリ、ナス、ニンジン…。もう一回、畑でいろんな作物を作ってみてえなあ」。放射能検査で問題がなければ、復興住宅で隣近所となる住民にお裾分けするつもりだ。

 福島県会津若松市の仮設住宅を経て、一四年に高萩市に移った。同居する妻(63)と二十代の子ども二人は町には戻らない。親の介護、仕事、放射能への不安−。「それぞれに理由があるから、無理強いはできない。この年で独身生活。掃除や洗濯はやってきたけど、料理できっかなあ」。今は健康だが、近くに病院がないことも不安の種だ。

 畑近くの山中は除染されておらず、放射線量が毎時一マイクロシーベルトを超え、国が除染目標とする毎時〇・二三マイクロシーベルトよりもはるかに高い。「蛇が大嫌いなので山菜とか採らねえから」と笑うも、山にはなるべく近づかないようにしている。

 不自由はあっても、六十年余り住み続けてきた故郷。復興住宅への入居が今は待ち遠しい。「だれが戻るかまだ知らないけど、また大熊のみんなと仲良く暮らしたいね」

◆帰還 進む見通しなく

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 大熊町で避難指示が解除された大川原、中屋敷の二地区は町の面積の四割を占めるものの、三月末時点の住民登録は百三十八世帯三百六十七人と、町の人口一万三百四十一人の3・5%にすぎない。昨年四月に始まった夜も自宅で過ごせる準備宿泊の登録は二十一世帯四十八人にとどまり、帰還が進む見通しはない。

 中心部だったJR大野駅周辺は帰還困難区域のため、町は約四キロ離れた大川原地区に新しい役場庁舎を建設。五月から業務を始める。新庁舎周辺には復興住宅五十戸の建設が進み、六月からの入居に合わせて仮設のコンビニもできる。医療機関の開設は二〇二一年四月になる見込み。

 国道6号より東側は、県内の除染廃棄物を三十年間保管する中間貯蔵施設の用地。町が一月に行った住民意向調査では、町に「戻らない」は55・0%だった。

 

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