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【社会】

「病院空爆、なくしたい」 国境なき医師団 日本人初現場トップ

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 「私たちがいないと救えない命がある」。世界各地で医療支援活動を展開する非政府組織(NGO)「国境なき医師団(MSF)」で、日本人初の現場トップとして活動を指揮してきた村田慎二郎さん(42)=写真=が三月に帰国した。営業マンから転職し、病院を破壊する空爆や行き場を失う難民を目の当たりにした。「基本的に日本は無関心。理解がもっと広がってほしい」と訴える。 (熊崎未奈)

 三重県出身の村田さんは大学卒業後、東京都内の外資系IT企業で三年働いた後、事務職員としてMSFに飛び込んだ。「英語は苦手」で、医療への興味も留学経験もなかった。それでも世界の難民の現状を本で知り、「この人たちのために何かしたい。世界の土や血のにおいがするようなところで働いてみたい」と挑戦を決めた。

 二〇〇五年、紛争下のスーダンに派遣され、医薬品などの調達管理を担った。家を焼かれて故郷を追われ、食事も満足に取れない人々が何万人といた。言葉の壁に悩んだが、難民を救おうと集結した各国のスタッフが日々議論する姿は刺激的だった。「すごい仕事。やりがいは今までにないものだった」

 これまでアフリカ、中東、東南アジアの九カ国で計九年五カ月間働いた。営業マン時代に磨いた交渉力も生かして経験を積み重ね、一二年以降はシリアなどで、現地の活動を統括する「活動責任者」に日本人として初めて就任。医師や現地スタッフら百〜二百人を指揮した。現地の安全管理や撤退の判断も任され、中立に活動できるよう政府や武装勢力との交渉も担い、信頼関係を築いた。「『この人は何人殺したんだろう』と思うと、正直怖いときもある。でも、活動ができなくて被害を受けるのは援助を必要とする住民と考えた」

 深刻な事態にも直面した。紛争地では医療機関や医療従事者が空爆などの標的にされることが少なくなく、村田さんも仲間を亡くした。国際人道法で禁じられた行為だが、日常的に行われているという。

 世界保健機関(WHO)によると、昨年一年間で被害は三百八十八件に上り、三百二十二人が死亡した。

 村田さんは「目の前で病院が破壊され、住民にどんなしわ寄せがいくか目の当たりにした。人道支援の中でも一番解決しなければいけない緊急の課題だ」と話す。今夏からMSFを休んで米国のハーバード大大学院に留学し、行政学の視点から、紛争地で医療機関を攻撃から守るための方策を研究する。「自分の人生を懸けて解決したい」と決意を語る。

 帰国して感じたのは、世界の紛争地に対する日本社会の関心の低さ。現地に赴くことには「自己責任論」さえある。村田さんは「もう少し日本に人道支援に対する理解が広がってほしい。僕たちがいないと救えない命があるのは事実。もし興味がある人がいたら、一度は飛び込んでほしい」と訴える。

<国境なき医師団> 紛争地や自然災害の被災地で独立・公平な立場で医療・人道援助を行う国際NGO。1971年に設立された。2017年はアフリカ、中東など70カ国以上で約4万5000人のスタッフが活動した。9割以上が民間からの寄付で成り立っている。

◆20日に応募説明会

 NPO法人国境なき医師団日本は海外派遣スタッフの応募説明会を、二十日午後二〜四時、東京都立川市の国立病院機構災害医療センターで開く。医師など医療従事者が対象だが、非医療者でも参加は可能。途上国で活動した外科医や手術室看護師が経験を語る。参加無料。定員百人。申し込みは、同法人のホームページかメール=recruit@tokyo.msf.org=にて。問い合わせは同法人=電03(5286)6141=へ。

2018年、フィリピンで活動責任者として勤務する村田さん(中列右から2人目)=いずれも国境なき医師団日本提供

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06年、スーダンで活動する村田さん(左から4人目)

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