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【社会】

<平成という時代>オウム真理教 宗教に潜んだテロの脅威

強制捜査前、取材に入った第7サティアンの内部では、信者が神像などを見せながら案内し、サリン製造とは無関係であることを演出していた=1995年2月、山梨県上九一色村(現・富士河口湖町)で

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 一九九四(平成六)年六月、長野県で松本サリン事件が発生した。その年の秋、本紙はオウム真理教によるサリン製造を巡る情報をキャッチした。私は教団の実態と関係者の取材を指示され、以前取材していた警視庁担当に復帰。長期に及ぶ取材を始めた。社内でも一部だけが知る隠密作業だった。

 取材は容易ではなかった。教団施設がある山梨県上九一色村(現・富士河口湖町)の住民は「うちに逃げ込んできた信者が連れ戻されたこともある」「サティアンの近くに行くと監視される」と打ち明けた。戦後に開拓された酪農地帯はオウムの「支配下」に置かれた印象を受けた。

 当時、教団の関与が疑われた事件は坂本弁護士一家殺害、熊本県の教団施設を巡る国土計画法違反、宮崎県の旅館経営者略取など多数あった。私は全国の現場を歩き、教団からの襲撃に神経をとがらせる脱会者と接触を重ね、メモの厚さを増していった。

 そして九五年一月、上九一色村の教団施設周辺でサリンの生成物が検出されていたことが発覚する。教団幹部が出入りする東京都港区のオウム東京総本部前を多数の報道陣とやじ馬が何重にも囲い、異様な緊張感に連日包まれていた。

 バブル経済の狂乱と、その破綻が始まった九〇年代前半、頼れるものを失った若者らが教祖・麻原彰晃元死刑囚=執行時(63)、本名・松本智津夫=への絶対的帰依に吸い寄せられたように見えた。教祖の「空中浮遊」すら信じさせてしまうのだ。服従体制の下、精神的救済を求めた研究者、医師、弁護士ら高度な専門職とされる信者も入信。武装化の先兵と化した者の多くが死刑となった。

 教団は国家を意識し、「建設省」「科学技術省」「自治省」などに「大臣」が置かれた。当初は「権力に憧れた、単なる自己顕示欲か」とも思ったが、その考えは誤りだった。

 それは教祖の親族への取材で思い知った。「子どもの頃は『ロボット王国をつくる』と夢を持ち、高校では『政治家になる』と話していた」。「ロボット」は絶対的帰依につながる。事実、九〇年に「真理党」をつくり、多数の信者とともに総選挙に出馬(全員落選)。坂本一家を殺害した数カ月後のことだ。信者も教団内で殺害され、邪魔者は「ポア」(魂の救済と称した殺害)する。のちに取材でつかんだ実態は、信じられない事実だった。

 九五年三月、地下鉄サリン事件が発生し、警視庁が強制捜査に着手。長く事件取材を続けてきたが、自衛隊提供の防護服に身を包んだ捜査員らが、上九一色村の第七サティアンなどに入っていく姿を見た衝撃は、今も忘れられない。

 強制捜査直前、私はサリン製造の核心部分とみられた第七サティアン内部の取材に入っていた。教団側は「神聖な宗教施設」と強調。プラント隠しに急ごしらえの神像などの説明に終始したが、その裏側にオウムの真の顔があった。

 いま、東京総本部が入居していたビルは解体されている。近くを歩いていた会社員女性(28)に声をかけると、「オウム真理教は知っていますが、施設がここにあったんですか」と驚いた。教団は大型ヘリコプターでのサリン散布も計画していたという。平成生まれの若者にとって、事件はネット上の記録にすぎないのだろうか。 (三橋正明)

<オウム真理教事件> 教祖・麻原彰晃(本名・松本智津夫)元死刑囚=2018年7月死刑執行=による専制国家樹立を目的に、坂本弁護士一家殺害事件、松本サリン事件(7人死亡)、地下鉄サリン事件(約5300人死傷)などの犯行を重ねた。自動小銃密造などの武装化も図り、一連の事件をきっかけに国内のセキュリティー論議、NBC(核・生物・化学兵器)テロ対策が進んだ。 

 

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