東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社会 > 紙面から > 4月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【社会】

273人追悼、再生誓う 熊本地震3年

写真

 史上初めて震度7を二度観測し熊本、大分両県で二百七十三人が犠牲となった熊本地震は十四日、発生から三年を迎えた。熊本県庁で県主催の追悼式が開かれ、妻を亡くした南阿蘇村の農業増田敬典(けいすけ)さん(81)が遺族代表として「悲しみは尽きないが、自立した生活を送り、村の再建に役立ちたい」と述べ、再生を誓った。

 十五日には県の復旧・復興本部会議が開かれ、蒲島郁夫知事らが黙とうした。蒲島知事は一万六千人以上が仮設住宅などに仮住まいしているとし「全ての人が住まいを確保できるよう、総力を挙げて取り組みを加速化させる」と語った。

 県は、来年四月までに住まい確保を実現させたい考えだが、区画整理事業などで遅れる世帯が出る見通し。仮設住宅の入居期限(四年)について、蒲島知事は「延長を国に要請することもあり得る」とし、十四日の式に参列した山本順三防災担当相も「正式に要請があれば全力で取り組みたい」と述べた。

 増田さんは自宅が全壊し、妻フミヨさん=当時(79)=を亡くした。一時東京の息子宅に避難したが、「妻のそばを離れない」と戻り、仮設住宅に一人で暮らしている。

 阿蘇大橋の崩落現場近くで犠牲となった阿蘇市の大和晃さん=同(22)=の両親も参列。母忍さん(51)は「息子を含め穏やかに天国で過ごしてほしい」と声を震わせた。心臓病で入院中の病院が被災し、転院先で亡くなった合志市の宮崎花梨ちゃん=同(4つ)=の母さくらさん(40)は「同じ思いをする人をなくしてほしい」。

 式には約三百五十人が参列。うち高校生四十三人は次世代に語り継いでもらおうと特別に招かれた。

 十四日は、犠牲となった学生三人が通っていた東海大農学部キャンパス(南阿蘇村)でも追悼式が開かれた。

 熊本県では二〇一六年四月十四日の「前震」と、同十六日の「本震」で計五十人が倒壊家屋の下敷きになるなどして死亡。震災関連死は熊本県二百十五人、大分県三人で、一六年六月の豪雨災害で亡くなった五人と合わせ犠牲者は二百七十三人に上った。

 熊本、大分両県で二十万棟以上の住宅が損壊し、熊本県で今年三月末時点、一万六千五百十九人が仮住まいしている。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報