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【社会】

「犠牲、忘れないで」 熊本地震「本震」3年 遺族ら黙とう

 熊本、大分両県で震災関連死などを含め二百七十三人が犠牲となった熊本地震は十六日、被害が拡大した二度目の激震「本震」から三年を迎えた。発生時刻に合わせ、未明の時間帯から遺族らが鎮魂の祈りをささげ、記憶の継承を誓った。土砂崩れが相次いだ阿蘇地域では熊本と大分を結ぶ主要な交通路が断たれ、復旧工事が続いている。

 熊本地震は史上初めて同じ地域で震度7を二度観測。倒壊家屋の下敷きになるなどした「直接死」は、二〇一六年四月十四日の「前震」で九人だったが、約二十八時間後の本震で計五十人に広がった。

 発生時刻の午前一時二十五分、熊本県南阿蘇村の阿蘇大橋の崩落現場近くで犠牲となった大和晃(ひかる)さん=当時(22)=の両親と兄、伯父が橋のたもと付近の献花台で手を合わせた。「晃、寒かったろうね」。約五分間黙とうをささげた母忍さん(51)は涙を流した。父卓也さん(60)は「暗くて川の音しかしない中、たった一人で。怖くて寂しかっただろう」と川底を見つめた。「人々の記憶は薄れていくが、晃の存在を忘れないでほしい」

 一時孤立状態となった南阿蘇村の立野地区。六十代夫婦が犠牲となった住宅跡で朝、住民ら十人が花を手向けた。

 阿蘇地域は国道57号が寸断し、JR豊肥線も肥後大津(大津町)−阿蘇(阿蘇市)間が不通に。二〇年度中に豊肥線は全線再開し、架け替え中の阿蘇大橋も開通する予定。

 熊本県益城(ましき)町の木山仮設団地では発生時刻に竹灯籠を囲み、約二十人が黙とう。自宅が全壊し、義理の父母を亡くした西村京子さん(65)は「残された人が進まないと」。

 熊本県内では依然一万六千人以上が仮設住宅などで仮住まいしている。

 

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