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【社会】

<平成という時代>日本型雇用の崩壊 リストラの果て非正規拡大

1998年、リストラにより失業に追い込まれた人の電話相談に応じる弁護士たち=東京・神田駿可台で

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 一九九八(平成十)年から二〇〇一年にかけて、旧労働省を担当した。九八年四月に完全失業率が4%の大台に乗ると、発表が毎月あるたびに「失業率過去最悪」と記事を書き続けた。私は従来の日本型雇用が音を立てて崩れていく思いに駆られた。

 有効求人倍率も九八年平均で〇・五三倍にまで落ち込んだ。求職者二人に対して一件しか求人がないことを示し、当時の労働省幹部は「ここまで悪化するとは…。大変厳しい」と極めて深刻に打ち明けた。

 何度も「失業」の現場に足を運んだ。再就職を支援する会社では、担当者が失業者を相手に自らをいかに売り込むか、過去の実績を聞き出し、履歴書の書き方や模擬面接をマンツーマンで指導。五十代だけではなく、三十〜四十代も多く、女性の姿もあった。

 労働省所管の特殊法人「雇用促進事業団」の職業訓練校(ポリテクセンター)を訪れた。ビル管理などのコースで多数の失業者がボイラー技士などの資格を求めて研修していた。中小企業の営業本部長だったがリストラで退職したという男性は「営業職はつぶしがきかない。これからは人よりも機械相手の仕事のほうがいい」と吐き捨てるように語った。

 ハローワークも連日、フロアに求職者があふれていた。窓口にたどり着くまで二時間待ちは当たり前。対応する職員の側も疲労困憊(こんぱい)していた。

 当時のリストラは五十代の管理職などは一巡し、対象が非管理職にまで及んだ。再就職支援会社の社長は「非組合員から組合員、責任の低い層にまで広がった」と指摘した。

 善きにつけあしきにつけ、終身雇用制、年功序列型を柱とした日本型雇用はもはや終焉(しゅうえん)を告げ、「雇用は聖域」の言葉は死語と化したと言えた。

 ほぼ同時期に財界は、企業の核となる社員は従来の「正規」社員、その周辺は派遣社員やパート社員ら「非正規」社員を充てる雇用スタイルを打ち出した。軌を一にするように政府は九九年、派遣業務をほぼ自由化する労働者派遣法を改正した。雇用の流動化が一気に進んだ。その後もリーマン・ショックに伴う「派遣切り」「雇い止め」など非正規労働者をめぐる厳しい状況は続いた。

 忘れてならないのは、九八年、自殺者が初めて年間三万人を突破したことだった。円高不況時の八六年を七千人以上も上回る異常事態。働き盛りの中高年男性の自殺が急増したという。リストラが影を落としていることは明らかだった。

 当時の記事に私はこう書いた。「昨日まで使っていた名刺が差し出せず、職業欄に素直に『無職』と書けない」「失業したつらさは失業者にしか分からない」。一方で「失業しても誇りは失わないで」とも。

 完全失業率は〇三年五月に5・5%まで達したが、今年二月は2・3%と雇用環境は大幅に改善した。しかし雇用危機は再び訪れるかもしれない。そこには厳しい現実が待ち受けている。 (加藤行平)

<完全失業率と有効求人倍率> 完全失業率は労働力人口(15歳以上で働く意欲のある人)の中で、職がなくて求職活動をしている人の割合。全人口に対する比ではなく、働く意欲がなく求職していない人は非労働力人口に含まれる。有効求人倍率は、求職者に対する求人数の割合。

 

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