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【社会】

<ドキュメント改元>両陛下が伊勢参拝 退位報告

伊勢神宮内宮を参拝された天皇陛下=18日午後、三重県伊勢市で(代表撮影)

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 退位の報告のため三重県伊勢市を訪問中の天皇、皇后両陛下は十八日、伊勢神宮の外宮(げくう)(豊受(とようけ)大神宮)、内宮(ないくう)(皇大神宮)の順に参拝された。両陛下の伊勢神宮参拝は、二十年ごとの式年遷宮後の二〇一四年三月以来五年ぶり。沿道などで約四万三千人(県発表)の市民や観光客が出迎えた。

 この日は朝から晴天に恵まれ、黒のモーニングコート姿の陛下と白の参拝服姿の皇后さまをそれぞれ乗せた車は、皇室用の宿泊施設「行在所(あんざいしょ)」を出発。最初に外宮前に到着した陛下は、おはらいを受けて正殿へ向かい、陛下の長女で神宮祭主を務める黒田清子さんや小松揮世久(きよひさ)大宮司らが見守る中、玉ぐしをささげて拝礼した。陛下が行在所に戻った後、皇后さまも陛下と同様に拝礼した。

 午後からは、皇位とともに受け継ぐ「三種の神器」のうち、鏡が祭られている内宮を順次、参拝した。ケースに収められた剣と璽(じ)(勾玉(まがたま))も陛下とともに乗用車で移動。二人の侍従が車からおろして正殿の参拝に携行した。皇居から剣と璽が伊勢神宮に運び込まれるのは五年ぶりで、即位後では一九九〇年十一月の「親謁(しんえつ)の儀」以降四回目となった。両陛下は十九日帰京する。

◆Q&A

 退位報告のため伊勢神宮を参拝された天皇、皇后両陛下は、皇位のしるしとされる「三種の神器」のうち剣と璽(勾玉)を皇居から携行した。剣璽携行の理由をまとめた。 (吉原康和)

 Q 剣璽を携行するのはなぜか。

 A 古くから新天皇の即位儀式や災害、戦乱から天皇が避難した時なども、剣璽は一緒に移動している。戦前は「剣璽動座」と呼び、天皇が一泊以上の外出の際、必ず一緒に移動していたが、これは剣璽は常に天皇とともにあるという考え方からだ。

 Q 戦後はどうなったの?

 A 一九四六年四月の葉山御用邸への剣璽動座を最後に中止された。その後、伊勢神宮の第六十回式年遷宮後の七四年十一月、昭和天皇の参拝で剣璽動座が二十八年ぶりに復活するが、伊勢神宮以外の地方訪問では今も剣璽は携行していない。

 Q 戦後、中止した理由は?

 A 四六年六月の昭和天皇の千葉県巡幸の直前、当時の侍従長が昭和天皇の許しを得て決断した。その年の正月、昭和天皇は「人間宣言」を行っているが、この侍従長は理由について、天皇の神格性と人間天皇として行う地方巡幸とは分けて考えた方が良いということと、剣璽の安置場所の確保が困難だったことも挙げたようだ。

 Q では、伊勢神宮で復活したのはなぜ?

 A 七一年の昭和天皇の欧州訪問のころから、神道界を中心に剣璽動座の復活を要望する運動が起こり、宮内庁も伊勢神宮の式年遷宮後に限って天皇の参拝について特例で認めることになった。伊勢神宮は天皇家の皇祖神の天照大神を祭っているからだ。だから、平成になって二回行われた式年遷宮後の参拝の時も剣璽動座は踏襲されている。

 

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