東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社会 > 紙面から > 4月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【社会】

待ち望んだ 現場からの祈り 尼崎事故14年 遺族ら500人追悼

尼崎JR脱線事故から14年、事故現場付近の献花台で手を合わせる人たち=25日午前、兵庫県尼崎市で

写真

 乗客百六人と運転士が死亡し、五百六十二人が重軽傷を負った尼崎JR脱線事故は二十五日、発生から十四年となった。JR西日本が兵庫県尼崎市の現場で初めて追悼慰霊式を営み、遺族や負傷者ら約五百人が参列した。式典で来島達夫社長は「社員一人一人が安全で安心な鉄道をつくり上げていく決意を新たにしている」と述べ、事故の再発防止を誓った。

乗客106人が死亡した尼崎JR脱線事故現場。電車がぶつかったマンション一帯はJR西日本が「祈りの杜」として整備した=25日午前、兵庫県尼崎市で

写真

 来島社長は、社員約二万七千人のうち「半数近くが事故後に入社した」とし「事故を風化させることなく、反省と教訓を肝に銘じ、将来にわたり安全な鉄道であり続けることが極めて重要な使命だ」と強調した。

 犠牲者を悼み、全員で黙とう。通勤途中だった長男の満さん=当時(37)=を事故で失った兵庫県伊丹市の斉藤百合子さん(76)が「慰霊のことば」として「私たちも満も待ち望んでいた慰霊碑が完成しました。十四年の長い年月、寂しかったでしょう。安心して眠れる所で、安全を見守ってね」と語った。

 追悼慰霊式に先立ち、事故が起きた午前九時十八分に合わせ、来島社長ら同社幹部が電車がぶつかったマンション前で黙とうし、哀悼の意を表明した。

 JR西日本では二〇一七年、新幹線の台車に亀裂が発生しながら運転を続けたことが判明。「安全最優先」の姿勢に欠けると批判を浴びたが、来島社長は式典でこの問題に言及しなかった。

 同社は、マンションの一部を保存して屋根で覆ったほか、慰霊碑や犠牲者の氏名を刻んだ名碑を設置するなど、現場一帯を鎮魂の場として整備。慰霊施設「祈りの杜(もり)」として昨年九月から一般公開し、今回から現場での追悼慰霊式になった。昨年までは尼崎市総合文化センターで行われていた。

2005年4月25日当時の事故現場の様子

写真
 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報