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【社会】

兄の無念を胸に、勝って報告したい アスベスト訴訟 肺疾患の原告

亡き兄2人と写る写真を手に「国とメーカーに償ってほしい」と話す吉田重男さん=26日、東京・霞が関の東京地裁前で

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 建設現場でアスベスト(石綿)を吸って肺がんなどになったとして、首都圏の元建設従事者と遺族百十三人が、国と建材メーカー十八社に総額約四十三億円の損害賠償を求めて東京地裁に起こした訴訟が、大詰めを迎えている。二十六日、第二十七回口頭弁論が開かれ、兄二人を亡くした原告の吉田重男さん(70)=東京都武蔵村山市=が出廷。「国とメーカーは責任を認めて償ってほしい」と訴えた。九月二十七日に結審する。 (蜘手美鶴)

 「なぜ石綿の危険性を知らせてくれなかったのか。悔しくて、残念で仕方ない」。振り絞った声と激しくせき込む音が、静まり返った法廷に響いた。証言台に立った吉田さんは、自らも肺機能が低下するびまん性胸膜肥厚を患う。

 吉田さんは六人きょうだいの末っ子で、中学卒業後、次男辰男さんと同じ左官の会社に入り、モルタル作りから下積みを重ねた。

 砂とセメントを混ぜ、粘りを出すため石綿含有の混和材を加えると、ふわーっと粉じんが舞った。口に入ってシャリシャリするため、手ぬぐいを口に巻いた。混和材の袋に石綿の危険性を警告する表示を見た覚えはなく、「危険だと知っていたら、防じんマスクをしていた」と後悔する。

 三男清治さんも加わり、兄弟三人で左官業を営んだ。最初に異変が現れたのは清治さん。二〇〇七年、せきが止まらなくなり、石綿肺と診断された。一〇年には辰男さんが肺がんに。辰男さんは一一年に七十一歳で、清治さんは一二年に六十九歳で死去。三人とも石綿被害で労災認定された。

 そんな中、国が一九七〇年代には石綿の危険性を認識していたと知った。国が早期に使用を禁じ、メーカーも危険性の警告を徹底してくれていたら…。集団訴訟の準備をしていた人たちの輪に吉田さんも遺族として加わり、一四年五月に提訴した。

 訴訟で国側は「法に基づき適正に労働者の安全を確保してきた」などと主張。建材メーカー側も「製品と病気の因果関係が明らかでない」などと反論する。

 五年になる法廷闘争も、九月に結審する。吉田さんは「裁判で勝って、『国とメーカーは謝ってくれたよ』と兄貴たちに話したい」と思いを強めている。

◆相次ぐ原告死亡「早く救済を」

 建設現場の石綿被害を巡る集団訴訟は、二〇〇八年以降、全国で相次いでいる。首都圏では東京と横浜の両地裁に計五百四十二人が提訴しているが、原告の患者三百四人のうち半数超の百七十人が係争中に亡くなった。首都圏建設アスベスト訴訟統一本部は「患者には時間がない。一刻も早い救済を」と訴える。

 集団訴訟は現在、全国で十二件が係争中。地裁六件、高裁四件で国の賠償責任を認め、一部ではメーカーの責任も認められた。「一人親方」と呼ばれる個人事業主への国の賠償責任を認める判決も出ている。

 石綿関連疾患は発症までの潜伏期間が十〜四十年と長く、発症すると患者の多くが亡くなることから「静かな時限爆弾」とも呼ばれる。建設アスベスト訴訟全国連絡会は「提訴抜きに救済される制度を国が構築するべきだ」と訴え、補償基金制度の設立を呼びかけている。

 

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