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【社会】

<代替わり考>(上)象徴の務め、安定的に継承 元侍従長・渡辺允さん

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 天皇陛下は三十日に退位され、皇太子さまが五月一日、新天皇に即位する。憲政史上初となる天皇退位の今日的な意味と退位に伴う皇位継承の意義とは何か。識者の考えを聞いた。 (編集委員・吉原康和)

 天皇陛下は今年二月の在位三十周年記念式典で、象徴天皇像を模索する旅は「果てしなく遠く」と述べ、次の時代を担う天皇が平成の時代の天皇像を「補い続けていってくれる」ことを希望された。

 陛下が全身全霊で取り組んできた象徴天皇像の一つの形は見えてきたが、象徴天皇のあり方に絶対はない。後を継ぐ天皇、皇后が時代の要請なども踏まえ、自分が求めてきた天皇像を補正してほしいとの考え方であろう。

 陛下は長い間、江戸時代以前の天皇退位について先例を調べるなど勉強を重ねてきた。それぞれの時期の天皇の退位の意味は、時代によって違う。陛下の場合も、「今」という時代を背景にしたご決断だったと思う。

 明治以来の終身在位の選択肢しかない法制度の下では、高齢で十分に象徴の務めを果たせぬまま在位することになり、その後を継ぐ皇太子さまも高齢になってからの皇位継承となる。それでは、陛下が求めてきた象徴天皇としての務めが成り立たない。象徴天皇の務めが安定的に皇太子さまへ継承されることを念じられたことに今回の退位のポイントがある。

 退位の意向をにじませた二〇一六年八月のビデオメッセージによる陛下の「おことば」と昨年十二月の最後の誕生日会見は、縦糸と横糸のような関係だ。

 陛下が考える象徴天皇像は、国民の安寧と幸福を祈ることと、人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことの二つであることが「おことば」で明言された。そこで言及されなかった象徴としての活動の具体的な対象について、最後の誕生日会見でその一部を語っている。戦後五十年、六十年などの節目の年に慰霊の旅で訪ねた国内外で亡くなった戦没者であったり、自然災害の被害者やパラリンピックに参加する障害者らである。

 また、陛下は誕生日会見で、「旅」の「伴侶」と表現する形で皇后さまの存在に触れている。もちろん、皇后さま自身が指摘されている通り、身位が異なる天皇とその配偶者を同列には論じられないが、陛下は結婚内定後に<語らひを重ねゆきつつ気がつきぬわれのこころに開きたる窓>との歌をお詠みになっている。

 そこで、まずお二人の間に心の通い合う窓が開いた。さらに、それ以来、結婚によって皇后さまが外に向かって開かれた「窓」を通じ、陛下は社会や人々のことなどを積極的に吸収されてきた。平成の象徴天皇像をつくり上げていく中で皇后さまが果たされた役割は極めて大きいといえよう。

<わたなべ・まこと> 1936年、東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、外務省に入省。中近東アフリカ局長、儀典長などを歴任。95年、宮内庁に移り、式部官長を経て侍従長を10年半務めた。現在は同庁参与。著書に「天皇家の執事」がある。

 

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