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【社会】

天皇陛下、きょう退位 終わる平成 30年4カ月

笑顔で園児に話しかけられる天皇、皇后両陛下=4月12日、横浜市青葉区の「こどもの国」で(朝倉豊撮影)

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 天皇陛下は三十日夕、皇居・宮殿で行われる「退位礼正殿(せいでん)の儀」で国民に向けて天皇として最後の「お言葉」を述べ、象徴の務めを終えられる。陛下は同日限りで退位し、五月一日に皇太子さまが新天皇に即位する。三十年四カ月におよんだ平成の時代は終わり、新たな令和の時代がスタートする。 (荘加卓嗣)

 天皇は明治以降、終身在位と定められたため、退位は憲政史上初めて。江戸時代の光格天皇以来二百二年ぶりとなる。皇太子さまの即位によって戦後生まれの天皇が誕生する。

 陛下は退位礼正殿の儀に先だって午前十時から皇居・宮中三殿で、皇祖神の天照大神(あまてらすおおみかみ)などに夕方の退位礼を報告する。退位礼正殿の儀は、陛下が天皇として、国民の代表らと会う最後の儀式と位置づけられている。午後五時から、宮殿の正殿「松の間」で国事行為として行われ、安倍晋三首相ら三権の長と閣僚ら約三百人が出席する。

 退位後、陛下は「上皇(じょうこう)」、皇后さまは「上皇后(じょうこうごう)」となる。皇太子さま即位に伴い、秋篠宮さまが皇位継承順一位で皇太子待遇の「皇嗣(こうし)」となる。

 陛下は昭和天皇が逝去した一九八九年一月七日、五十五歳で即位。神話時代の神武天皇から数えると百二十五代目。日本国憲法のもとで初めて象徴天皇としての皇位を継承した。これまで皇后さまとともに離島を含め全国各地を巡り、災害被災地を見舞うなど国民との触れ合いを大切にしてきた。太平洋戦争の激戦地で犠牲者を追悼し、平和を祈り続けた。

 陛下は二〇一六年八月、退位の意向をにじませたビデオメッセージを公表。退位を実現する特例法が一七年六月に成立し、政府は退位日を四月三十日とする政令を閣議決定していた。

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◆終身在位からの大転換 編集委員・吉原康和

 日本国憲法下で初めて即位し、国と国民統合の象徴としての天皇像を追い求めてきた天皇陛下が三十日、退位される。明治以来、天皇の逝去を前提としていた終身在位からの大転換は、天皇が高齢化によって退位し得ることを示し、皇太子さまへ皇位を円滑に継承する道筋を開いた。

 退位によって終身在位を前提に行われてきた天皇の葬儀と新天皇の即位にかかわる儀式は分離され、多くの国民の祝賀ムードの中で令和の時代を迎える。

 葬儀は両陛下の意向も踏まえ、火葬の導入など簡素化する方向にある。今回の退位は、時代の変化に応じて皇室自身が、さらに変わっていく転機となろう。

 天皇の退位は、象徴の務めと皇位の安定的継承への布石でもある。

 退位を認めれば、強制や恣意(しい)的な退位によって天皇の地位が不安定化するという懸念もある。しかし、終身在位しか選択肢がなければ、在位中の天皇も、後を継ぐ新天皇も高齢化し、体力的に象徴の務めを十分に果たせなくなる恐れがある。

 陛下は即位以来、「国民の安寧と幸せを祈ること」と「人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添う」ことを柱とした象徴天皇像を模索。どちらかが体力的限界でできなくなれば、退位すべきだという考えには説得力がある。今回の退位は象徴天皇のあるべき姿を国民に問う決断だったともいえる。

 天皇としての行動原理を言い表すキーワードは、一九四六年の昭和天皇の「人間宣言」の中にある「信頼と敬愛」という文言だ。象徴天皇の務めについて「人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした」と述べた陛下のお言葉は、まさに平成の「人間宣言」にほかならない。

 人間天皇であるがゆえ、天皇もまた悩み苦しむ存在として、非人間的な終身在位のくびきから解放されてしかるべきだろう。

 一方で、天皇のお言葉に端を発して退位特例法が制定されたとすれば、天皇が政治的権能を行使したとの疑義が残る。これを解消するためにも、政府と国会の責任で恒久法である皇室典範の改正に向けて本格的な議論が求められよう。

 

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