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【社会】

<新時代の皇室>(1)温故 「人々に寄り添う」は伝統

昨年10月、60年ぶりに封印を解かれた嵯峨天皇の宸翰(しんかん)に見入る天皇陛下=宮内庁提供

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 令和の時代が始まった一日朝、即位したばかりの天皇陛下を見ようと多くの人が早くから皇居を訪れた。騒がしい周囲とは対照的に静寂に包まれた宮殿「松の間」。午前十一時十分すぎに即位後朝見の儀が始まった。

 「常に国民を思い、国民に寄り添いながら」。陛下の国民に向けた初のお言葉が響く。陛下は皇位継承に当たり心にとどめることとして「歴代の天皇のなさりよう」を挙げられた。

 二〇一六年八月七日、陛下は愛知県西尾市にある古書の博物館「岩瀬文庫」で、百五代の後奈良天皇による宸翰(しんかん)を鑑賞した。これは疫病や飢饉(ききん)などをおさめるために天皇が自ら筆をとり、寺社に納めた写経で、いわば国民のための祈りだ。翌日、上皇さまは退位の意向をにじませた国民向けビデオメッセージを公開。「国民を思い、国民のために祈る」ことが天皇の大切な務めと述べた。

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 JR名古屋駅の貴賓室で新幹線の到着を待たれる天皇陛下の視線の先に、上皇さまのビデオ映像が映し出されていた。「人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け…」。二〇一六年八月八日のビデオメッセージで上皇さまは平成を振り返っていた。

 被災地や戦跡を訪れ、傷ついた人々に寄り添い続けた上皇ご夫妻。そのスタイルは平成流とも評された。だが陛下の見方はやや異なり、そうした姿勢は歴代天皇の伝統だとみている。

 即位を半年後に控えた昨年十月、京都市右京区の大覚寺で、平安時代の嵯峨天皇が納めた宸翰(しんかん)が六十年ぶりに公開された。室町時代の後奈良天皇のものよりもさらに時代をさかのぼる宸翰を目にした陛下は感嘆の声を漏らし、案内役の伊勢俊雄(しゅんゆう)・同寺執行(しぎょう)長(60)に「千二百年、よく守っていただきました」と礼を述べた。

 学習院幼稚園と中、高等科時代の同級生小山泰生さんは昨年正月、陛下から「歴代天皇の事績は、折があるたびに調べるようにしている」と聞かされた。小山さんは「天皇が国民にとって、どのような存在かということは、今後も考え続けなくてはいけないことだろうから」とおもんぱかる。

 ビデオメッセージから半年後の一七年二月、陛下は岩瀬文庫訪問を例に挙げ、象徴天皇の在り方を語った。「先人のなさりようを心にとどめ、国民を思い、国民のために祈るとともに、両陛下(上皇ご夫妻)のように国民に寄り添い、共に喜び、共に悲しむ、ということを続けていきたい」

 初代神武天皇から数えて百二十六代目、史料上確認されているだけでも皇室の歴史は千数百年に及ぶ。過去の天皇の事績をたどり、自身の理想とする天皇像を模索してきた陛下。小山さんはこう指摘する。「国民がどういうお姿を期待するか。天皇の存在は、その映し鏡でしょう」

 天皇の歴史に詳しい所功・京都産業大名誉教授(日本法制史)は「天皇の役割は時代によって違うが、政治的、経済的な力がない時も、国家国民のために祈ってきた。陛下は歴史の研究者であり、神話よりも実証的で具体的なものを受け継ぎ、お手本とされるのだろう」と話す。

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 新時代を迎え、陛下は伝統と変化の調和をどう模索し、どのような皇室像を描くのだろうか。新時代の皇室の課題を探る。 (この連載は荘加卓嗣、小松田健一が担当します)

 

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